アントニオ猪木 NWF激闘史② 1974-76 小林・シン・大木・テーズ・ロビンソン

アントニオ猪木 NWF激闘史② 1974-76 小林・シン・大木・テーズ・ロビンソン



#アントニオ猪木 NWFタイトルマッチ 55試合を年次別に振り返る、NWF激闘史シリーズ②1974~76年編!ストロング小林、大木金太郎との大物日本人対決、シンとの腕折り遺恨、憧れのルー・テーズ越え、そしてビル・ロビンソンとの至高のフルタイムほか、屈指の名勝負の数々が並びます。

【チャプター】
00:00:00 イントロ
00:00:15 オープニング
00:00:42 1974(昭和49)年 大物日本人対決・シン腕折り事件!
00:07:23 1975(昭和50)年 シンに王座を奪われるも奪還、テーズ、ロビンソンとの激闘!
00:11:00 1976(昭和51)年 異種格闘技路線スタート!
00:12:16 次回予告

▼【関連動画】
タイガー・ジェット・シン~猪木 最凶のライバル・1973「新宿伊勢丹前襲撃事件」「大阪腕折り事件」の真相!

アントニオ猪木の強さ・格闘技術の源流④ イワン・ゴメスとバーリ・トゥード編

猪木名勝負伝説 ペールワン戦&ロビンソン戦
https://youtu.be/_AKgJyzDYL4

▼【元記事:男のロマンBlog】

アントニオ猪木 NWF激闘史②~1974-1976 S小林、シン、大木、テーズ、ロビンソン
http://hobby.red-cm.com/?p=4973

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View Comments (31)
  1. 少し前の週プロの流智美さんのコラムでも触れられていましたが、NWF王座の記念すべき最初の防衛戦が伝説のストロング小林戦であったことが、その後のタイトルの重みに重要な箔付けされたということを改めて実感しました

  2. 8:41 細かい話だけど、左側の写真はテーズが猪木にパワーボムを仕掛けたところかな。実際の試合のビデオを見たら、猪木に返されて仕掛けられなかったようだった。

  3. ソウルでの「韓国の馬場」パクソンナン戦はすごいシュートマッチで思いっきりパクを鉄柱に叩きつけ大量出血で戦意消失に持ち込みました。その後パクは自殺しました。

  4. 最後のイワンコロフ戦、パワー戦法で終始押されててセコンドのパットパターソンの横やりもありかなり苦戦してました。

  5. 素晴らしい。猪木に最も夢中になっていた時期を思い出しました。本日の動画はまさに永久保存版です。ありがとうTERUさん

  6. S小林戦、大木戦、ロビンソン戦・・すべてリアルタイムのTV中継で見ていましたね!
    ロビンソン戦は延長コールが起こり、時間延長が実施されたことを覚えています。
    このころの猪木さんは喧嘩ファイトで眼が血走っていました!

  7. 待ってました〜😂❗リアルタイムでは返上後でしたが全盛期の猪木≒NWFですね👊
    編集も素晴らしい✨次回も期待してます。

  8. 75年3月の広島は「シンがブレーンバスターで猪木をピンフォール」が公式設定ですね。ビデオも無い時代、プロレス興行を盛り上げるためにはいわゆる必殺技を超越する「強烈ななにか」が不可欠でした。ちょうどその頃、体操競技においては最高難度のCを上回る「ウルトラC」が半ば流行語となっていたので、プロレスを含めあらゆる興行主がそれを求めていたのかも知れません。しかしネット世代のマニア視点では上記はフェイクだと申し上げたい。同日の試合内容は以下が正解です。

    シンが右腕のサポーターに凶器をしのばせる
    →トップロープ越しに猪木にブレーンバスター
    →猪木カウント2で返す
    →シンが猪木をロープに振る
    →カウンターでシンが猪木に凶器エルボー
    →猪木ピンフォール負け
    →タイトル移動

    ですが凶器でタイトル移動じゃNWFの商品価値が下がってしまいます。繰り返しますがホームビデオが普及していないあの当時では、極限られた一般人の動画検証よりテレビ局の言っていることが正義でした。「猪木の腕折り!」「シンのブレーンバスター!」この解説だけで手に汗握るほどの興奮に包まれ、それが視聴率や興行収入に直結していたのです。

    ちなみに大阪腕折りも同様で、猪木にロープに振られたシンが折られたはずの右手でしっかりとロープを掴み、そのまま場外でうずくまるという構図が真相ですがそれは後に何度もリピート再生して分かったことであり、当時は本当に右腕の骨を折った!と思っていました。猪木とシン、本当にこの両者はハングリーかつプロ中のプロでしたね。長文失礼しました。

  9. まだプロレス観ていなかった頃の試合なんだけど、プロレス見出してから、興味が湧き、見聞きしたけど、凄い相手と名勝負していたんだな、それによってNWFの価値を上げていった事が解る。ハンセン、バックランド達の事に触れる続編はプロレス見出した頃、舟橋さん、桜井さんの実況、解説で観ていたなと思い出が蘇ると思うので、楽しみにしています。

  10. 日本の「かっこいいレスラー」の元祖は猪木さんです。このことだけでも猪木さんの唯一無二の存在がわかります。

  11. 小林、大木、ロビンソン戦など、対戦相手も当時としては画期的で、本当に熱中して観てました😚
    当時はビデオがまだなかったので、
    テレビの音声をテープレコーダーで
    録音して繰り返し聴いてましたね😙

  12. アーニーラッドは名前くらいしか知らないのですが、猪木がクリーンに勝ってないんですね。それほどの大物選手だったのでしょうか?

  13. 当時私の住む愛知県では放送時間が金曜の夜8時、対ロビン戦は生中継では無く録画中継。すでに中スポで試合結果を知ってからのTV観戦ですがそれでも最後の最後までブラウン管の前でハラハラしながら興奮して見てた記憶があります。最高の試合でした。

  14. 猪木が最も充実していた時期。
    私見だけどNWF時代終焉と同時に引退して欲しかった。弱り行く肉体を見るのは忍びなかった。何をしていようが存在自体がドキュメンタリー、ありがとうアントニオ猪木😢

  15. 本来、初防衛の候補としては
    ジョン トロスが浮上してたけど
    不適格として見送りましたね~
    そしてアンドレの新日本プロレス初登場に伴い蔵前ではVSアンドレのNWF世界選手権が予定されていたが
    フリー宣言した、ストロング小林との対戦が急遽決定!
    この辺りの流れは
    ドラマチックですね~
    この初防衛の小林戦の内容で
    既存の三大世界タイトルと
    肩を並べたといっても
    過言ではない。

  16. コメントされている皆様がうらやましいです。

    猪木対ビル・ロビンソン戦が、新日本プロレス関連の自分の最古の記憶ですね。

    と言っても、試合は全く見ていないんですが。

    プロレスは見ちゃいけませんという家庭だったので。

    流血や暴力を見せたくないということだったのでしょう、母が嫌がっており。

    と言っても父親はそれほどでもなくて、時々、チャンネルが回され、プロレスが映ることもあったんですが(放送最初からということはほとんどなかったですが)、

    「プロレス・・・、回して」で、すぐに回されることが多かったです。

    時々、何も母が言わないことがあり、そういう時はプロレスが映り続けるということがあったですね。

    それでビル・ロビンソン戦の時も、チャンネルが回されたときには、すでに試合が終わっており、

    何か母が聞いて、父親が「引き分けや」っていって、

    何か凄そうなベルトが映って、観客の「あぁ~」みたいな残念そうな声が聞こえたと思います。

    何かそれで、子供心に、きっと世界決戦のようなとても大切な試合で、試合もものすごい試合だったんだろうなあと、勝手に感じたのを覚えています。

    三銃士時代に、猪木さんの名勝負で紹介されているのを見て、あの時の試合だったんだなあと思いました。

    あとは、チャンネルが回されると、

    ジョニー・パワーズが乱入してきて、猪木に8の字固めを掛けて、

    4の字固めは知っており、「8の字固めってどんな凄い技なんや」って、ドキドキして、そのまま中継が終わったようなこともあったと思います。

    時代はもっと後ですが、アンドレ対ハンセンも、映ったときはもう延長戦で、そのままリングアウトだったと思います。

    父親が、仕事の都合で、金曜の夜の帰宅が遅くなり、チャンネル選択できる権利ができたのですが、

    姉も、そして母もいるので、プロレスが見たいとは言えなかったです。

    タイガー・マスク選手が出てきて、世間でも噂になり、

    TV番組表で、タイガーマスクの文字を見て、どんな選手なんだろうと想像してました。

    それで、「タイガーマスクって今話題になっているし、見たい」っていって、やっと見られるようになりました。

    タイガーマスク選手の試合内容もよかったので、誰も何も言わず、家族で金曜夜八時はプロレスを普通に見れるようになりました。

    タイガー・マスク選手様様で、タイガーさんが出てこなかったら、プロレスをしっかり見られるようになるのはいつになっていたのだろうとも思ったりもします。

    記憶違いの部分があったら申し訳ありません(動画がなく、確認できませんでした)

  17. 大木戦にしろロビンソン戦にしろ猪木はその内容において後世で評価されている。
    馬場はのちにこの両者とシングルで対戦し、大木戦は試合時間で猪木の半分、ロビンソンはドローだった猪木に対して勝利するなど、形式で対抗しようとしたが、正直、とても馬場の意図した効果が生じたようには思えない。
    特にロビンソンに関しては猪木とのこのたった一度だけの対戦がその後の全日本でのだらだらとした試合すべてを凌駕しているといっても過言ではない。

  18. ロビンソン戦は、一回こっ切りだから、今でも語り継がれていると思います。シン、ハンセンとは、逆ですね。

  19. 小林戦の21年後に武藤vs高田があるんですよね。20年周期での日本最強決定戦。でも途切れた。寂しいです(テーマと関係ない話でスミマセン🙇💦)。
    シンのクリーンファイト(しかも強い!)には当時驚きました。

  20. 数多くの名勝負でプロレスファンを魅了した猪木さんの試合ではこのロビンソン戦が1番のベストバウトですね!私に取って内外で最も好きなレスラー同志の対戦ですね!お二人とも亡くなられて残念ですが天国で再戦しているかも知れません!

  21. 猪木vs小林については、今更言うに及ばずです。
    アーニー・ラッドって、とにかくデカい、失礼かもしれないがですが、僕にとって古き良きレスラーの一人です。ロビンソン戦は言うに及ばず、世界マット史上、屈指の名勝負です。とにかく、何度見ても飽きない。ホントにプロレスお八百長だとという人に見てもらいたい。

  22. 猪木が1番輝いて美しかったのがこの2年間。ジャンルを超えたスーパースターに駆け上がった時。ガウンを脱ぐシーンだけで金が取れる稀代のエンターティナーでもあった。

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