【驚愕】YMO解散の理由!坂本龍一とメンバーの確執…高橋幸宏の功績【懐かし芸能ニュース】

【驚愕】YMO解散の理由!坂本龍一とメンバーの確執…高橋幸宏の功績【懐かし芸能ニュース】



YMO解散の理由!坂本龍一とメンバーの確執…高橋幸宏の功績

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  1. 左翼だとの言葉が飛び交っているけど、ジョンやポールや桑田や佐野や、一流ミュージシャンはみんなそんな感じだからね。あんまりymoにも興味ない人が突っ込んで来てるようにしか思えない。

  2. 坂本龍一も、生前はあまりよろしからぬ噂がありました。家庭内暴力や異性関係など。まあ、彼も人間ですから、色々あったのでしょう。音楽的な才能は天才ですけど。

  3. 宗教を嫌いつつ、イデオロギーに走ったらいっしょやん。。
    それでもご冥福をお祈りいたします。

    ライディーンは好きだった。

  4. 宗教は、生きる道。仏教は、人の道を説いている。いいんじゃないかな。でも、坂本さん、もう少し生きてもらえたら、良かった。

  5. あのメンバーで5年も、もってた事が異常でしたね、実験的に結成されたバンドであんなに長く続いたのが不思議でした

  6. テクノって当時の世界の流行に乗ったのは間違いないけど、だからこそオリジナリティーを出す為のオリエンタルな作風作りが成功の要因だとも言われてる。初の海外ツアーの際にも東洋の神秘を印象付ける為に、個性を封印しての無表情の演奏が話題になった。これには国内外で賛否が分かれたと記憶するが、今思うと色んな戦略と思惑が飛び交い、メンバー内での確執が有っても不思議じゃないかもね。

  7. そもそも、おそらくYMOとは、細野晴臣の、電子音楽への音楽的好奇心、音楽的思いつきで、それにふさわしい二人に声をかけ、なんならアルバム一枚で終わってもいいくらいの、軽い気持ちで始めたグループだったはず。
    後の、忌野清志郎、坂本冬美と組んだアコースティックグループ、HISと、細野晴臣にすれば、大差なかったに違いない。
    しかしYMOは、思わぬ大人気になってしまい、メンバーそれぞれ、決してYMOであることが目的ではない3人にも関わらず、みな、辞めるに辞められなくなってしまったというのが、ホントのところじゃないだろうか。
    確執だのなんだの、そもそもそんなグループじゃないんだよ。誰一人実は、YMOは、本業ではなかったんだ。

  8. この3つの異分子が重なった事、その時のパワー、それに立ち会えた事。全てが素晴らしい。

  9. 坂本龍一は全共闘世代の共産主義者だから「宗教はドラッグだ」というスターリンと同じ台詞が自然と出てくる。
    でも左翼は宗教嫌いだけどドラッグはやるんだよなぁ。

  10. 高橋さんが間を取り持っていたんですか
    なんとなく、そんな気がしていました。
    周りに気を配るのが上手で性根が優しいオーラを醸し出していましたから。

  11. 高橋さんも、坂本さんも亡くなりましたね・・・・。
    「RYDEEN」と「君に、胸キュン。」は、名曲でしたね・・・。

  12. コミュニケーションって難しい
    すればお互いに傷ついたり
    憤ることもあるし
    距離感や独りを守れなくなると
    壊れてしまう部分もあるからね

  13. 本来世界的大ヒットを目的に作られたバンドなのに売れたらそれが最大のストレスとは最早最大の矛盾だな。まあ、本来宗教大嫌いな坂本サンはその後ガチの反原発教にハマって行くのでした(大爆笑)

  14. 細野さんは宗教や民族文化を参考にしたかったのでは?知っての通りメンドウな宗教は昔から有るからね、あとファンだかアンチだか店にまで押し掛けて大変だったとか、幸宏さんが言ってました。
    ちなみに宗教的バンドなら聖飢魔IIや筋肉少女帯、あと尊師マーチ最近なら赤飯の般若心経スラシュメタルは楽しい(笑)

  15. 坂本龍一さんの生涯は、音楽の響きや感情、感性どピアノの音色が、魂が籠ってますよ。。

    ymoなど坂本龍一さんの思考、一つの芸術音楽家、作曲で、世に伝えたい音楽家の良さが
    現れてたり、時代などの面影、ymoの曲もユニークで、一つの奏でる音色は、現代楽器の
    テクノアーティストでもありますし、ピアノと音楽、人間の演奏家の取り組み姿勢など、落ち着いた表情で、音楽活動をされてて、心の深い暗黙のピアニストとも感じます。

  16. 昔のビルボードで1位になったのが「スキヤキ」の坂本九さんでした。日本人初でした。そしてYMOが「テクノポップ」という新しい音楽のジャンルとファッションを世界に広めたって…どう考えても偉業でしょう!!😂その一方でスネークマンショー…「盗聴エディ」懐かしいですね…YMOのメンバーが相次いでお亡くなりになるとは…哀悼の意を表します。

  17. そうそう、
    若いうちは才能がぶつかり合うけれど、年をとるとね、穏やかになるもんなんですよ。
    お互いの距離がわかってきて。
    私も今年60ですけど、そう感じます。

    だけどね
    71は、まだ 早すぎたよねー。

    んー、
    寂しいなぁ。。

  18. ナチスファッションをやりながら最後は極左共産主義になり果てていましたが、音楽は素晴らしかったです。

  19. 教授のファンです。(ここでは坂本さんはYMO時代に教授と呼ばれていたので教授と言っちゃいます)
    教授は3人のなかで一番若く拘りも大きいかなと思います。理屈っぽく、自分がイヤと思えばイヤなので子供っぽくも思えますが、そこも含めてアーティストかなとも思いファンを続けています。
    細野さんは偉大なアーティストで地球規模の大きな思いであふれ、世界各地の民族が何を考えてるかに興味があるように思えますし、
    高橋さんはテクノを引っ張るためにシーケンサーに負けないくらいマシーンになりきるという思いが強い印象です。
    YMOでは教授があまり全面に出ることが少ないように思いますが、そう思っているのは教授だけで、我々ファンはその存在を受け止めています。
    美しいんですよ、教授。
    それで十分。

    戦場のメリークリスマスは十分皆の心に刻み込まれてますし、各映画、ラストエンペラーもすごかった、教授本人はキライだったかもしれないですが、王立宇宙軍の旋律は名作に値するし、忌野さんとのコラボ、い・け・な・いルージュマジックはビジュアル的にも最先端、なんだこれ!的な驚きと体が弾むリズム。小学生だった私はオトコが女子のように化粧していることに衝撃を受けました。
    音楽だけでなく、カルチャーに影響を与えた存在だったんですよ。心躍りました。
    ライブで教授の紹介があるとオーディエンスが教授ー!!と叫ぶのを聞いては良いなあ!とおもったものです。
    高橋さんのライブで、若者キーボーディストの後ろから教授がにゅうと現れて、驚く若者キーボーディストの上からキーボードを弾くのはおもしろかったなあ。
    ホントかっこよかった教授。
    ご冥福をお祈りいたします。

  20. 三人の天才。
    歴史の中から見れば5年は短かったかも知れないですが、私の人生で初めてYMOの曲を聞いたときの衝撃は決して忘れることはないでしょう。
    素晴らしい曲をありがとうございました。

  21. 「宗教はドラッグだ」

    これは共産主義の父・カールマルクスが言った言葉。

    その宗教本がカルト教なら話は別だが、でも思えば坂本龍一は名ばかりで音楽家としての痕跡をあまり残していない。これといったヒット曲もない。YMO時代にテクノポリスや東風など一部ヒット曲を生んではいるが、総合的に見て細野の音楽界への功績と比べたら足元にも及ばない。バルセロナ五輪も失敗だったし。そもそもYMOは細野が立ち上げたプロジェクト。細野なくしてYMOは語れない。しかも細野はYMOより前のソロ時代(ティン・パン・アレー時代含み)もスマッシュヒットがあり、さらにその前の「はっぴいえんど」時代は日本語ロックの魁でありながらメンバー全員が日本音楽界へ多大な影響を与えた伝説的なバンドとして今も語り継がれる中心人物だった事も見逃せない。ぶっちゃけ坂本龍一は音楽家としてピンとこない。YMO以外だと40年くらい前の映画『戦メリ』のテーマ曲くらいしか思いつかない。

  22. 幸宏さんに続いて教授も逝ってしまって、なんとも云えない悲しさに包まれています。

  23. 自身が拒否発言しているなら話し合いなど出来ないよね。
    時が解決できれば大人に成ったとゆうことだな

  24. 最後のYMOの活動はメンバー同士の変なわだかまりも外部の妙なプレッシャーもなく ただただ純粋にYMOを楽しんでいるように見えた

  25. 細野の読んでた宗教の本って、カルトとかそんなんじゃなく、中沢とやってた妙音講みたいな緩い感じの奴でしょ。唯物主義者にはそんなものでも受け入れられなかったのかね?

  26. 知らなかったエピソードありがとうございます。この音楽分野で後進が出なかったことが少し残念ですが、それだけ三人が凄かったと納得するしかありません。

  27. このタイトルもそうだけど、坂本龍一の発言って笑っちゃうやつばかりなんだよね。おおよそ
    くっだらないのw原発の件とか公園の件とか、「そこかよ!」ってツッコミが聞こえそうなやつばかり。対談とか結構面白いんだけどね。個人の発言は分別臭くて、学級委員みたいなんだよな。

  28. 高橋さんと細野さんとと違い坂本さんはバンドを組んで活動した時期が短い人だったので、やりづらい点はあったと思うが、YMOはいわゆる音楽とカルチャーと笑い(スネークマンショ―等)の実験室の様なものだったと思うので、皆さんそれなりに楽しんでいたのではないでしょうか?

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