一緒に学ぼう!キリスト教 ゲスト:千葉遊大〈プリンストン神学校 博士課程在籍〉(中編)【番外編#90】

一緒に学ぼう!キリスト教 ゲスト:千葉遊大〈プリンストン神学校 博士課程在籍〉(中編)【番外編#90】



私たちが日常的に直面する悩みも、歴史を知れば解決できるかも!?

今回のテーマは 「一緒に学ぼう!キリスト教 ゲスト:千葉遊大〈プリンストン神学校 博士課程在籍〉(中編)」です。

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※自由気ままな歴史トークですので、厳密な考証は行っておりません。
※内容は諸説あります。
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#コテンラジオ #COTENRADIO #歴史 #世界史 #教養

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  1. イスラエルはアブラハムの子孫である。
    アブラハムはノアの子孫であり、またノアはアダムの三番目の子、
    神の種(卵)、神が最初から定めた予言であり、イエスの家系図の始まりに遡れるのです。

    また千葉さんがお話したように、イスラエルは小さい国でありながら、周りは強い帝国に囲まれた存在であった。だからこそ、自分の力に頼るではなく、神の導き守りによって存続できたではないでしょうか。

    イスラエルの名前で語っているように、神は本当の存在である。Israel = is + real = l + raise, arise.
    太陽は東より昇り、西へ沈み倉に入ります☺︎。太陽は一つ、地球の自転で時差が生じるでしょうが。
    ネットの発達で世界中に一気に神の名を広げられると思い感じます。そして、公平に審判(真の命を与えられ、そしてその反対の死を宣告され)が下されるでしょう。

    エデンの園と同じように、すべての人は神の知識/教えである聖書言わば神の語りの前で、受け入れて従うか逆らうを選ぶ自由意思が与えられるのです。

    また言葉“自身”が示してくれたように、エデンEden ⇆ need, まったく同じ綴りである。神を必要としてその教えを学び従い続ける事で、神のご意志を理解し喜びとして生活の中で実践し、神の栄光を現す人間として生き続けるなら、エデンの園にいるであろう。つまり喜びと平安が満ちる日々を味わうことであろう。

    お話しを聞かせて頂きまして、神とその知識を求める気持ちが感じられ、とても嬉しくなりました。それ故、たくさん書いてしまいました。お許しくださいませ♪

    【ローマ信徒への手紙10:17 】そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。

    聖書についてのお説教を聴いて、聖書を自ら調べ学び続ける事で、また祈りによって神との親密な関係を築き上げて行くように。お祈り致します🙏

    P.S.
    日本の明るい🔆未来を感じさせてくださいました。本当に嬉しくて、希望を感じます。神に感謝します。

    さ&ち、互いに鏡写し文字である。いいさち⇆ちいさい。自分を小さくし、神を大きくすれば幸が訪れる。😊
    love & tone & lung & voice & sun…..そのアルファベット順番数値の合計がまったく同じである。
    言葉は神であった(ヨハネ1:1)がものを語っています。例えば: love=12+15+22+5=54(=27×2=2x3x9: サンキュー&サンキュー。

  2. 前回のが「前編」だったので前後編だと寂しいな、と思ったら。ちゃんと「中編」があって嬉しい。

    「中編1」「中編2」「中編3」、、も欲しかった

  3. ヤンヤンさんの神の作った世界を知るためのデータベースとして博物館を作ったっていう解釈めちゃ好き

  4. 90年代後半は社会全体が不安感に覆われたかのような暗~い時代でしたが(オウム真理教の事件があったり、旧エヴァンゲリオンが流行ったり)後に氷河期世代とよばれる当時の若者の中から「負け組の俺たちにとっては、いっそ戦争でも始まった方が全部 "チャラ" になるから都合がいい」みたいな言説が出てきて論争になったりしました。
    「終末(黙示録)を待望する」という意味では、当時の日本にも似たようなメンタリティーがあったのかもしれない。古代ユダヤ人の苦しみとは比較にならないと思いますが…

  5. 深井節炸裂!自分がなんとなく感じていた事を言葉にしてくれて、とても気持ち良いです!

  6. 前編は千葉先生の解説が学問的に寄り過ぎて、リスナー目線で聴くと、どちらかというと樋口さん深井さんの方が信仰への理解がある雰囲気がして、ちょっとモヤモヤしましたが、
    中編は、神の愛や、救い、の事に触れられていて良かったです。

    27:20 →プロテスタント視点で、既に救われている、という箇所は、とても良かったです。
    29:01 →愛について、このあたりが定番ですが1番しっくり来ました。

    少し気になったのは、キリスト教は、人間が神に近くなるために信仰するわけではなく、
    神の方から(人間に)近づいて来てくださり、常に寄り添っていてくださっているという点が、
    他宗教の方に誤解にないように、伝わっているといいと思っています。
    キリスト教で1番大切なのは「信仰」です。※神への信仰
    なんとなく、終始、会話が、終末思想に寄ってた印象で、気になったので書きました。
    聖書で書いてるから、と、現在の教会では地獄の脅しはやっていませんし。
    トークは皆様うまくて、すごいと思っています。

  7. キリスト教圏の人々の、非キリスト教圏の人々に対する極めてナチュラルな哀れみ、蔑視、見下しといったものの由来が分かったような気がします

  8. 学び、いっぱいです。カトリックとして生まれた私は信仰が先に形成されてしまって、勉強がおろそかになっているなぁと実感です。
    一般の日本人がどれだけキリスト教の知識があるのか分かりませんが、もし、知識&文化を知りたいなら、モンティーパイソンの「ライフ オブ ブライアン」を観て笑えるようになるまで聖書を読んでみるっていうのはどうでしょうか?すごいパロディーで、本国イギリスでも当時物議を醸しだした作品です。また、もっとまじめに信仰について考えてみたい人には1993年製作のTBSドラマ「説得(ビートたけし主演)」が、私のお勧めです。(今、観れるのかなぁ?)
    難しい題材に果敢に切り込んでいくコテンラジオ。後編も楽しみにしています。

  9. 神はすべてを知っている。
    →誰がよい行いをし救われるかも知っている
    →よって救われる人は善い行いをすることが生まれる前から決定している

    っていう論理面白い

  10. 高校倫理の教科書では、主は裁きの神・義の神であるが、それ以上に赦しの神・愛の神であると説明されます。
    つまり、裁きの神であることを否定してはいません。その意味で、最後の審判は合否の判定かつ発表でしょう。

  11. 全人格的な神との対話を不断にしているキリスト教徒と、お葬式のための仏教徒で居続けるニッポン人。韓国を含めた先進国の中でも日本はクリスチャンは今も最低の人数です。
    ご自身がクリスチャンであった遠藤周作は「沈黙」の中で日本の宗教状況を「泥沼」と例えました。
    我々日本人が、その特異な状況にいまも全く気付いていないことは、幸いな事なのでしょうか??

  12. 今回も楽しませていただきました! 深井さん、樋口さんのツッコミがウルトラ的確で、キリスト教信者として驚きました。「最後の審判について聖書には『天国』か『地獄』かとは書いていない」「善い行いは救われていることの証明」といった千葉さんのご説明に対し、私は異なった理解をしています。「天国と地獄は聖書にハッキリ書いてある」「救いに行いは必要ない」など、異なる視点をご紹介する動画を作成しましたので、ぜひ御覧ください!
    https://youtu.be/GRwWjU5hJns

  13. キリスト教が定義する「救い」(霊の救い:罪が赦され天国へ行けること)は、聖書の中でクリアカットに教えられています。

    それは福音を信じることです。

    福音とは、以下の3つの要素に要約されます。

    1:罪のない神であるキリストが自分の罪を全て背負って十字架で死なれたこと。
    自分の受けるべき罪の裁きは神が代わりに受けてくださった、ということ。

    2:キリストは完全に肉体的に死んで、墓に葬られたこと。

    3:しかし神は死では終わらず、3日目に墓から復活されたこと。

    救われる為に、努力や修業、行い(洗礼も含む)は一切関係がありません。
    人間の罪は人間の努力で贖われる程に軽いものではなく、人間の力では罪のないきよい神に近づくことは出来ません。
    救いは信仰と恵みによってのみもたらされるのが、キリスト教の鉄則です。

    "兄弟たち。私があなたがたに宣べ伝えた福音を、改めて知らせます。あなたがたはその福音を受け入れ、その福音によって立っているのです。
    私がどのようなことばで福音を伝えたか、あなたがたがしっかり覚えているなら、この福音によって救われます。そうでなければ、あなたがたが信じたことは無駄になってしまいます。
    私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書に書いてあるとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、
    また、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおりに、三日目によみがえられたこと、
    また、ケファに現れ、それから十二弟子に現れたことです。"
    コリント人への手紙 第一 15章1~5節

  14. いつもありがとうございます。
    ふかいさんのご質問が素晴らしく、端的に整理でき理解が深まりやすかっです❣️
    …背景が額縁に見え、写り込んでるのが『最後の晩餐』の絵のように見えました☺️

  15. 前回に引き続き、今回も興味深いお話、ありがとうございます。

    イエスのメッセージを直感するためには、「私」という概念を乗り越えることが大切だと思います。

    ホモサピエンスは哺乳類の中で圧倒的に知性が優れている一方で、その知性によって文化を築きながらも、悩みや不安、争いや破壊をもたらしてきました。

    そして、この知性が特に影響を与えているのは「必ず死ぬ」という自覚です。この「死」という事実は私たちにとって決定的な関わりを持ちながらも、知性にとっては未知の領域であり、どんなに努力しても避けられないものです。それは日常のすぐ横に深淵の闇が口を開いているようなものだと思います。

    私たちの知性は優れているものの、限界があります。それなのに私たちは自分自身を知性によって「私」を定義してしまっています。

    私たちが認識している「私」という概念は、限定的な知性によって作り上げられた仮象のものですが、人々はそれを認識の中心や世界の中心として受け入れ、そしてそれを決定的に消し去る死という事実に影響されています。

    聖書は、知識の木の実を食べた人類が死の概念に囚われてしまっている状態を示し、限定的な認識力では人間の理解を超えるものに敬意を向けることができないと伝えていると思います。

  16. 一旦軽くでもキリスト教やその宗派を知ってから見る動画ですね💦
    自分はそもそもの知識が薄いので理解が難しい部分も多かったです💦

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