軍事解説 「岩畔豪雄」陸軍中野学校を創設した陸軍謀略戦の親玉 【兵器解説】【ゆっくり歴史解説】

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【BGM】
OtoLogic「In That Mood」

【参照文献】
昭和陸軍 謀略秘史:岩畔豪雄、日本経済新聞出版社、2015年6月24日
陸軍省軍務局と政治:大前信也、㈱芙蓉書房出版、2017年2月25日
昭和陸軍秘録:西浦進、日本経済新聞出版社、2014年9月30日
憲兵:大谷敬二郎、光人社NF文庫、2006年7月1日
参謀本部と陸軍大学校:黒野耐、講談社現代新書、平成16年3月10日

View Comments (9)
  1. うちの母校の大学の設立に深くかかわっていることに知って爆笑したことがある。
    なるほど、と納得したというかなんというか…
    教授が沖縄返還の密使やってたり、不思議な話がいろいろあったもんなぁ。

  2. 岩畔豪雄の解説動画投稿ありがとうございます。

    次は陸軍登戸研究所又は陸軍中野学校をリクエストします。
    よろしくお願いします。

  3. 100t戦車構想の岩畔少将ですね。岩畔氏にインタビューした国際政治学者の故鴨武彦先生から岩畔将軍について「スケールの大きい人だが、不思議な考えの人だった。こういう人が戦争指導した結果が1945年8月になったと何となくなっとくした」とお聞きしたことがあります。

  4. こんにちは^_^リクエストに応えていただきありがとうございました!とても面白かったです!今度登戸研究所資料館の企画展(教授の解説付き)に行って参ります◎ものすごく楽しみです。
    岩畔少将といえば、井川忠雄氏と野村大使とともに日米諒解案の作成に従事された?かと思うのですが、あの辺の当時の各国の事情や松岡洋右氏の干渉や、国内事情など、少しずつ本は読んでいるのですが、まだ私には難しくてよくわかりません…泣
    またもしよかったら、日米開戦に至る1940年の流れなども、解説いただけると嬉しいです!
    本当にいつも素敵な動画をありがとうございます!これからも応援しております!!

  5. そういえば陸軍中野学校1期生の猪俣甚弥少佐はまた存命中なのだろうか?
    ウィキペディアでは存命中になっているが…

  6. 私の亡父が所属していた近衛歩兵第五連隊の連隊長でした。東条と仲が悪く、皇道派に属していたため左遷人事にあい、マレー半島に飛ばされたらしいです。彼の影響を受けたせいか、連隊内はかなり自由な雰囲気だったそうです。彼は戦前から国力や科学技術の差がありすぎるので米国との開戦にはずっと絶対反対だったそうです。 後に彼はチャンドラボースを使ったインド独立を画策し、情報将校として活躍していましたが、再び陸軍内の人事抗争にあい、途中で担当を外されてしまったそうです。また彼が設立に深く関与した陸軍中野学校は、亡母の実家のすぐそばで、中野電信隊とよばれていたそうです。母は戦後になって初めてスパイ学校と知ったそうです。

  7. 一般的には、整備局で、輜重科将校並みの補給に関する知識を得るべきでしたね。とにかく、謀略なんて言う物には手を染めるべきではなかったですね。日本は実戦では英米に勝てないという事はこの時の彼なら理解できたと思いますが、どうでしょうか?それから、英語の習得の機会が全くないという陸軍の教育システム。やはり、欠陥でしたね。それから、軍人が経済に介入するのは不得意ですよ。むしろ大蔵省の役人のする仕事ですからね。それから、この人の分野は、純軍事的な分野からは外れており、その点、武藤章ですら、彼を使いこなすことは無理だと判断するんですからね。じゃあ、誰が使いこなすのかな?

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