映画『男はつらいよ』シリーズの御前様、そして何より小津安二郎作品の看板役者として日本の映画界を牽引してきた重鎮、俳優の笠智衆(りゅう・ちしゅう)は、熊本県玉名市に生まれました。実家は浄土真宗のお寺。
もし彼が小津監督に出会うことがなかったら、名優・笠智衆は存在しなかったと言われています。
熊本弁は、終生治らず、彼のデビューを遅らせる要因になりました。
派手な演技で大衆をわかせることもありませんでした。
史上最高の大根役者とまで言われました。
ほぼ10年間に渡る松竹での大部屋ぐらし。
口下手で、アピールするのが苦手。
でも、笠智衆は、唯一無二の役者になり、映画史に刻まれる名演技で記憶に残る存在になりました。
小津作品以外にも、黒澤明、木下恵介、岡本喜八、山田洋次など、巨匠と呼ばれる映画監督から熱烈なラブコールを受け、出演しました。
朴訥(ぼくとつ)であること、熊本弁が抜けないこと、ある意味、弱点とも思える特質を、全て武器に変えたことにいちばん驚いているのは、笠智衆、本人かもしれません。
随筆家の山本夏彦は、こんなコラムを書いています。
「笠智衆がゆっくり語るというが、あれはゆっくりの「ほど」を越えている。笠は朴訥を売り物にして、人格者好きの女の見物をとりこにした。役者に修身の権化を求めるのは戦前にはなかったことだ」。
そんな揶揄(やゆ)も、時間が払拭します。
今もまだ、彼の演技の深みには誰もが共感し、驚愕します。
そんな名優・笠智衆が、人生でつかんだ、明日へのyes!とは?