カズレーザー先生が解説!教科書にはない歴史的しくじり!東西ドイツ、ベルリンの壁崩壊のまさかの真相【前編】

カズレーザー先生が解説!教科書にはない歴史的しくじり!東西ドイツ、ベルリンの壁崩壊のまさかの真相【前編】



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▼番組詳細
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今回の『しくじり先生』は
カズレーザー先生が登壇!

歴史を変えた「ベルリンの壁崩壊」の
きっかけは、なんと広報担当の
「勘違い」だった!?
「しくじりのおかげでいい国ができた」
という衝撃の真相を徹底解説します。

「西ドイツは成果主義」
「東ドイツは黙っててもギャラが出る」
カズレーザー先生流の社会分析も必見。
笑って学べる世界史の授業
ぜひご覧ください!
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  1. 東ドイツと西ドイツの経済格差は、実は未だに存在していて、西ドイツの方が大企業が多く資本が発展している。
    一方東ドイツは、東ドイツ政府が崩壊した直後に社会主義体制下の主力企業の倒産も相次ぎ、今では中小企業ばかりの状態。
    この経済格差故に東ドイツで暮らす住民は、西ドイツに対してコンプレックスを抱いているという。

  2. 子どもの頃、ベルリンの壁ってドイツを東西に分けた国境にあった物だと思ってたな〜
    ベルリンの位置も知らなかったし、何だったら地名ってことも知らなかったw

  3. 平和や平等を語り国民を騙して政権を取ったら、独裁体制を敷いて権力を欲しいままにする。反抗する国民は厳しく取り締まり。ルールで雁字搦めにするのが共産党の常套手段ですよね。

  4. カズレーザーさんは勉強熱心な方ですし、歴史朗読をYouTubeで発信するなど勉強に対してとても謙虚な人です。某中田とは全然違います、比べるのが恥ずかしいくらいです。当時は、東の兵士も鉄条網を飛び越え逃げ出した動画もありましたね。

  5. ちょっとこんがらがってるんだけど、ベルリンの壁は東西ベルリンを分けるものであって、東西ドイツを(物理的に)分けるものじゃないよね?「東ドイツから西ドイツへ脱出する人が多いからベルリンの壁を建設した」ってどういうこと?あと西ベルリンの人は閉じ込められてたの?

  6. 当時小学生でニュースを観ててベルリンの壁が崩壊した事の凄さは理解出来なかったけど、同じ年にはルーマニア革命でチャウシェスク夫妻が処◯されるニュースが流れるわ翌年には湾岸戦争と91年にはソビエト崩壊と今では考えられない非常に濃い小学生時代だったと思う。

  7. 東西ドイツを分けた壁では無い!
    という事。
    東西ベルリン市を、分けるように壁が作られたんだけど「西ドイツを囲むように」って言ってしまってる。
    コレ勘違いの、しくじりじゃないですか?

  8. しくじり先生こんな方向になってたんだ。歴史のしくじりに学ぶ方向大変良きです。
    アヘン戦争とかやりませんか?

  9. 映像の世紀見て知ってた
    監修が映像の世紀の方というとんでもない安心感
    映像の世紀は絶対見たほうがいい

  10. トラちゃんのセーラー服かわいいっっすね💕 お父上の話は凄いっすね 下手して射殺されてたらトラちゃんはこの世にはいないっという事ですからね

  11. ベルリンの壁などのドイツ東西分裂に翻弄された有名人としてドイツのメルケル元首相がいます。
    彼女は西ドイツ生まれでしたが、幼少期家族で東ドイツに移住したのちにベルリンの壁が作られ西ドイツに住む親戚との交流も断たれました。
    そんなメルケル氏は首相退任式典で東ドイツで過ごした青春時代のハイライトの曲としてニナ・ハーゲンの『カラーフィルムを忘れたのね』の演奏をリクエストしています。
    ニナ・ハーゲンは東ドイツ生まれの歌手でしたが西側に亡命、イギリスを経由して西ドイツなどで音楽活動を続け『パンクのゴッドマザー』と称されるようになりました。
    彼女もまたドイツ東西分裂に翻弄された一人でした。

  12. 一つ補足すると悪名高いシュタージは政治的活動をする人間には天敵でも政治的主張も無く結論を外部から注入されるだけの人達にとってはあってないようなモノで、東ドイツで暮らしていた人でも当時の実感には相当な個人差がある。ベルリンの壁崩壊時も義憤に駆られてではなく、何か騒ぎになって暴れられるから参加した人も相当数居たのは事実で、格差が広がり「東ドイツ時代の方が良かった」と言う人が一定数生じたのはそういう背景がある。

  13. 西ベルリンは基本的にアメリカ イギリス フランスの3国占領地域という位置付けなので3国それぞれ西ベルリンに駐留部隊を置いていた。武装したフランス兵がベルリンの壁のすぐ目の前に踏み台を置いて壁の上に両手を置いて顔をもろに出して東側を除く姿は恐れ入った。

    イギリス兵も至近距離で東ドイツ国境警備隊とお互いに双眼鏡で監視していたり、川ではアメリカ兵が警備艇で警備していたり、当時の映像には緊張感があった。

  14. ざっくりと何が起きたのかというと「3人の人物が投げやり、適当返事、人任せという悪い意味で重なってしまったのがベルリンの壁の崩壊」ということ

  15. キャッチーな感じで説明されるから分かりやすく頭に入ってきやすくて良い

    子供の頃はゲラゲラ笑ってたけど年取ってから見ると他人事に思えなくなってきた、他人のしくじりからちゃんと学んでいきたいね

  16. 当時、僅か2カ月弱ほどで東欧の共産政権が崩壊したダイナミズムとスピード感を伝える番組はまだ無いかな

  17. 西洋諸国で独裁政権なんて何処かのお国じゃないんだから続かなかったんだろう…てか勘違いしたやらかし広報担当もだけど上層部も『いっそのこと既成事実化しとこ』だったのかもしれん

  18. これは勘違い、ということにしているだけだよ。

    当時、東ドイツは経済的にもメタメタで、西と東で相当な経済格差が(今もだけど)開いていた。

    当時の書記長だったホーネッカー指導部はもうガタガタ状態で、国内の東ドイツの住民は西ドイツへの『出国』を求めて破裂寸前。

    で、仕方なく規制されていた出国の自由を『一部緩和』することになった。ただし、これは飽くまでも当局への申請が必要で、そこで時間を稼いでその間に軍を動員して検問所を守らせる予定だったんだよね。

    でもこれって一歩間違えば天安門事件の二の舞になりかねない危険な行為。国境で軍と大挙して押し寄せた民間人の衝突が起こるのは誰の目にも明らかだった。

    しかしそれをせざるを得ないほど当時の東ドイツ指導部は追い詰められていたんだ。

    だからこの当時の中央委員会政治報道局長だったシャボフスキーが自分の勘違い、ということにして軍を動員する前に先手を打って発表したの。

    このシャボフスキーってライプツィヒ大学を出た機関紙編集長から中央委員会の政治局員、更にはベルリン第一書記つまり首都のトップにまで上り詰め将来は党書記長になると目されていたガチのエリートだぞ。

    こんな優秀な人間が、これだけ重要な記者会見の直前まで発表する資料に目を通してない内容を把握していないなんてあるもんかw

    とはいえ、幾ら軍と民間人の衝突を避けるため、だったとしてもこれは明らかな背信行為だからな。表向きは勘違いということにしただけ。

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