石田三成の大義を嘆く島左近 戦国武将の逸話 #歴史 #日本史 #雑学 #大河ドラマ

石田三成の大義を嘆く島左近 戦国武将の逸話 #歴史 #日本史 #雑学 #大河ドラマ



動画内の読み方に一部間違いがありましたので、訂正致します。
 水口城 Ⅹみずぐちじょう
     〇みなくちじょう

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View Comments (33)
  1. それでも、そんな人物だから仕えたいと思えたから最期まで仕えた。そこまで言われる人はなかなかいないものだよ

  2. ゲームでは島左近の軍略をかの武田信玄から学び武田家滅亡前に出奔したとなっているが実際のところは不明

  3. 左近も三成の性格はよくわかってて予想以上に官僚化してたということですよね。筒井順慶に支えてた時代も色々すごいキャリアがあると言われてる人ですからね。

  4. まあ、夜襲や暗殺でないと、徳川家康公はやられないだろうね。でも、秀吉方が、家康の家来や息子を殺めてしまったからなんだけどね。

  5. 大河ドラマの主人公にしてほしい人物。
    三成に仕える前は本当に謎な人物だから、色んな説を元に創作でもいいからドラマにすると面白いだろうし、何かと悪役になりがちな三成の良い所も語られると面白い。

  6. 仮に島左近の進言通りに家康の暗殺をしたとしても三成如きの人望では人は集まらず、福島正則や加藤清正らにみすみす三成討伐の口実を与えるようなもの。三日天下の明智光秀の二の舞いになるだけだろう。

  7. 関ヶ原での最期が壮絶
    三成を逃すためほぼ単身で徳川の軍勢に立ち向かい、徳川の将兵に「鬼左近」と呼ばれるまで鬼神の如く闘った漢

  8. 動画内の読み方に一部間違いがありましたので、訂正致します。

     水口城 Ⅹみずぐちじょう

         〇みなくちじょう

  9. 佐和山蟄居のタイミングって、家康がめっちゃ三成の事を心配して秀康に護衛させたり、大阪に残す子供が心配だろうって、自分のいずれかの子息を人質交換に佐和山に送るとまで言って配慮してた時期だよなぁ。

    何で、そんなタイミングで家康を暗殺なんて話になるんだろ…。
    その後も、隼人正を秀頼付きにしたり烏帽子親になって自分の偏諱まで与えて元服させたり、石田家が自分の庇護下にあるって喧伝してくれてるし、家重の直系のご子孫は、家康に可愛がって貰った事をずっと伝え聞いてるって言ってるし、結果的に徳川は三成の血を二度も直系に入れてるから、関ヶ原の後も、相当に三成をとの繋がりを大事にしてたみたいなのに…。

    未来の徳川との婚姻は預かり知らぬ事にせよ、それでも十分過ぎる位に主家の後ろ盾になってる人物を暗殺しましょうって、子供を含めて守ってもらってる当の三成に言い続ける意図が読めん…。

    むしろ、三成を公儀に復帰させられる可能性を持ってるのは、あの時点では家康だけで、輝元に味方したって、むしろもっと肩身が狭くなりそうなもんだけどな…。

  10. 何いってんの?過ぎたる者じゃなくて、優柔不断のタイミング悪い、バカ三成の結果です。

  11. 石田三成はどうかわからないけど
    頭でっかちで机上の空論だけのトップがいるとつらいんだよな
    一番のガンなんだよ

  12. 三成は過小評価されていて嶋清興は過大評価されている、真田信繁と同じ傾向。松永久秀に小僧扱いされてた逸話があるはず。映画で演じた平さんはとってもカッコ良かったけどね。

  13. 島左近が心から惚れ込んだのは、石田三成ただ一人。
    それだけで、石田三成という人物の魅力がよくわかりますね。

  14. 彼が側に居ながら忍城を何故落とせなかったのか?あそこで軍功を挙げていればあそこまで見下され嫌われる事も無かったかも。

  15. この辺りは、司馬遼太郎の「関ヶ原」を読むと、大体の経緯はわかる。(司馬特有のフィクションは少し割り引く必要はあって、三成や左近の性格が彼の書くとおりかどうかは不明) ただ、三成は、自分が豊臣家武闘派家臣に嫌われていることを承知していたはず。三成の潔癖な性格もあるが、後の政権運営を長期的に考えると、暗殺のような暗い手段は取りにくではないかと思う。そう言う意味では、左近が水口に行ったの左近がそこまで言うなら、許したし、左近自身もダメ元のような気がする。後、三成が家康を討つ気になったのは、会津征伐に行くよりずっと前だと思うけど。

  16. 島左近の京都屋敷が今料亭になってますよ、400年前で改築しながらと言っていました、2人で食事をした部屋には、島左近好みの掛軸、襖絵は長谷川等伯筆だと、説明してもらって、感激して後にしました、店の名は道楽!!😢😌

  17. 「三成に過ぎたるものが二つあり。島の左近に佐和山の城」という落首通りなら、主人の三成より左近のほうが人望があったということ。関ケ原前夜に三成が武断派の武将の襲撃を受けて家康に助けられた直後「家康は今は殿を助けたことで油断して徳川邸の警備が薄くなっているから襲撃すればたやすく討ち取れる」と進言したが、三成に容れられなかった。

  18. 三成が「大義」という正義の戦いにこだわらなければ、その後の徳川の時代はなかったのだろうね。

  19. それほど清廉潔白な石田三成だったからこそ、島勝猛や渡邊勘兵衛、大谷吉継いった猛将たちに意地でも日の目を見てもらいたいと思わせていたのではないかな。

    戦乱の渦中にいて石田三成の存在はある者には疎ましく、ある者には眩しく写っていたに違いない。石田三成の末裔は東北に多く点在している。これを見るに佐竹義宣の迎え入れた高僧は石田三成本人であったと私は思う。佐竹義宣は転封を拒もうとしなかった。石田三成は最後の最期まで友に愛されていたと私は信じてる。

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