葵 徳川三代:三成が捕らえられた。#歴史的人物 #戦争 #武田信玄 #織田信長 #徳川家康  #歴史

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  1. 福島正則の最期はなかなか惨めな取り潰しだったか御家断絶になってたよな酒癖のせいで 毛利家に嫌がらせしたり晩節を汚す人物だったのが残念 三成は最後まで逃げなかった  いやまあ逃げてる時に捕まったんだけど 最後まで高貴さを捨てなかったから家康はそれに応えてその子が津軽で匿われてるのを知ってても敢えて見逃した 負けたけどこの心の強さが愛される所以だ

  2. 通常大名の顔を他家の家臣が知っているとは思えませんが、田中吉政と三成は近い関係だったのでありえるかもしれません。

  3. 自分の弱点や短所を自覚していたけど
    『横柄』な部分を改善しなかったのが
    関ヶ原で負けた理由の一つだと思います。

  4. このシーン、史料で正則達はこの日は
    別の場所にいたと何かで読んだ。
    小山評定も実はなかったという説も
    あるし。どうだったんでしょうね。

  5. 講談では、領民が妻と離縁してまで三成公を匿って、領民の忠義に三成公感涙…葵徳川では、金欲しさに、あっさり密告しちゃった…葵徳川の方が現実的ですね。

  6. 結局、義を通すのは大事なことだが、あくまで観念主義に過ぎず、実益のために冷徹な判断ができる家康が勝ったということ。
    みんな、義よりも実益が大事、
    という、人間の葛藤と本質を比喩的に表した合戦でもあったわけだ。

  7. 三成に「卑怯者め!」と言われるあたりの秀秋の内心は「黙れ!実子が生まれた途端にわしを小早川に厄介払いした挙句、貴様の讒言で義父上から受け継いだ筑前の領地を没収されたのだ!そんな中、内府殿がわしの筑前の領地を回復してくれたのだ!最早わしに豊臣への忠義の心など無いに等しいわ!」と、思ってそう。

  8. 役者、台詞とも重厚感があってこれぞ大河だなぁと思って見ていたけども、重厚過ぎて役とご本人の年齢差が気になってしまってちょっと入り込めなかったのも事実…

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