推しの故をご覧いただきありがとうございます★
昔から好きで好きで堪らない昭和の有名人を紹介します★
このチャンネルで新たな推しに出会えるかも♡
今回紹介するのは、仲代達矢さん♡
俳優の仲代達矢さんは1932年に東京で生まれ、1955年に俳優座に入団しました。
舞台俳優として活躍する一方、映画では『人間の條件』や
黒澤明監督作品などに出演し、日本を代表する名優となりました。
1975年には、後進の育成のために私塾「無名塾」を設立し、
2007年に文化功労者、2015年に文化勲章を受章しました。
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仲代達矢、確かに
容貌が外国人と見間違う。
田中英道先生が言われる、秦氏に関係するかも。
日本の古来からの芸能文化は、秦河勝から生まれたと氏は述べておられれていた
田中先生も、松尾神社の芭蕉を祖としておられる。
仲代達矢氏には、役者魂の血が流れていたのかも知れないナア。
俳優座に入って、
驚いたのは、左翼思想の集団で、毎日、共産党員の幹部が出入りしていたと、述べられていた。
仲代は、それには気にせず、只々、芝居に熱中していたと、ある。
心底、芝居が好きな男。
三船との、演技論で喧嘩になったのも頷ける。
休みの日は、よく京都の中村錦之助邸に、訪ねたらしい。
当時、錦ちゃんは有馬稲子と新婚生活。そんな事関係無しに、不意に現れる。
錦ちゃんとは、共演してすっかり意気投合して、逢えば演技論に夢中。わざわざ、京都の新婚邸迄押しかけ
またもや演技論で、方や歌舞伎の名門の御曹子、方や、俳優座のエリート。
当方譲れず、殴り合い。お稲さんビックリ。
そんな事、わが履歴書に投稿されていた、お芝居大好きの、仲代達矢さん。
あの世で、錦ちゃんと又、演技論を闘わしてね。
グッド・バイ