1928年、昭和3年の秋。福島県・会津若松の町は、夜になっても数え切れないほどの提灯の灯りに包まれていました。
「これで、逆賊の汚名が晴れる。」——六十年前の戊辰戦争で「朝敵」と呼ばれた会津の人々は、そう言って涙を流したと伝えられています。
その理由は、ひとりの十九歳の女性が皇室へ嫁ぐことになったから。
会津藩主・松平容保の孫娘で、ロンドンで生まれワシントンで育った、秩父宮雍仁親王の妃・勢津子さまです。
なぜ勢津子さまは、生まれたときのお名前を改めなければならなかったのか。
そして、夫の命を奪った結核という病に、なぜ生涯をかけて向き合い続けたのか——。
会津の誇りを胸に皇室へ嫁がれた、秩父宮妃勢津子さまの八十五年の生涯をたどります。
▼ 目次(チャプター)
00:00 1928年秋、会津の町を埋めた提灯の灯り
01:36 「朝敵」の孫娘、ロンドンに生まれる
04:20 「節子」から「勢津子」へ――伊勢と会津の一字
08:02 宮妃の日々と、叶わなかった願い
12:28 御殿場の十年――病と闘った日々と、最後の願い
16:47 ひとりで歩んだ42年――55年の総裁と『銀のボンボニエール』
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📖 主な参考資料(敬称略)
① 宮内庁「旧秩父宮」
② Wikipedia「雍仁親王妃勢津子」
③ Wikipedia「秩父宮雍仁親王」
④ Wikipedia「松平容保」
⑤ Wikipedia「会津まつり」/会津若松観光物産協会「会津まつりガイドニュース」(2013年9月1日)
⑥ 秩父宮妃勢津子『銀のボンボニエール』(主婦の友社、1991年/講談社+α文庫、1994年)
⑦ 原武史『皇后考』(講談社学術文庫、2017年)
⑧ 保阪正康「秩父宮妃勢津子 弟宮の一生懸命」『文藝春秋』2024年8月号
⑨ 秩父宮家編『雍仁親王実紀』(吉川弘文館、1970年)
⑩ TBSスパークル映像ライブラリー「1953年1月4日 秩父宮様なくなる(昭和28年)」
⑪ 秩父宮記念公園(静岡県御殿場市)