世界が恐れた薩摩藩の実態!最恐の流派『示現流』を極めたバーサーカーの巣窟だった!?

世界が恐れた薩摩藩の実態!最恐の流派『示現流』を極めたバーサーカーの巣窟だった!?



今回は 薩摩藩の強さの秘密と、その実態を詳しく解説していきます。

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▼目次
0:00 イントロ
0:27 薩摩藩とは?
2:39 薩摩藩の強さの秘訣
5:54 薩英戦争

▼BGM提供
・音楽素材MusMus様→https://musmus.main.jp/
・魔王魂様→https://maoudamashii.jokersounds.com/
・PeriTune様→https://peritune.com/
・DOVA-SYNDROME様→https://dova-s.jp/
・甘茶の音楽工房様→http://amachamusic.chagasi.com/
・ポケットサウンド様→https://pocket-se.info/
・音の園様→http://oto-no-sono.com

▼イラスト提供
・Adobe Stock→https://stock.adobe.com/jp/
・ACイラスト→https://www.ac-illust.com/
・Vecteezy→https://www.vecteezy.com/

#バーサーカー
#薩摩隼人

View Comments (13)
  1. 観光で仙厳園の桜島に向いた立派な大砲は見た事あったけど詳細を殆ど知らなかった。薩英戦争の話をわかりやすくまとめて下さり、ありがとうございました。

  2. 薩摩って言うと日本人でないくらい冷酷で残酷な殺し方や闘い方で敵や敵地にいる女子供への強姦も多い。ハ〼なみ。嫁探しに強姦から始まる土地柄も驚き。会津藩の仕返しに逃げた、○○坂の闘いも読んだ事ある。イギリスにしても日本を倒してから植民地にしたかったから薩摩と組むのは渡りに舟。

  3. まあ、“えのころ飯”っていう犬のお腹に米詰めて焚き火で犬ごと焼いて食べるってやってたらしいからな😅

  4. 江戸が薩摩の弱みを握ろうと隠密を送り込んだが、誰一人帰って来なかった。薩摩の親は子供を郷(集団生活)に出したが、郷で子供を56されてもその親は抗議禁止だった。むしろ親が56される子を恥じた。叩き潰す示現流は鳥羽伏見で勝ったが、維新後に官軍抜刀隊に薩摩は破れ、示現流は潰された。その後官製の剣道は残ったが、示現の低い構えから打ち出す速攻と連撃は今でも最強と私は思ってる。

  5. チェストー!
    郷中教育と郷士の存在はよく知られていますね。
    渡部昇一さんの話だと、島津様は江戸に上った際も以前から、外人の無礼を放って置くと、いつかどこかの家臣が問題を起こすと幕府に進言していたそうです。
    生麦事件のあと、京都に寄った際には、大勢の武家や公家から『さすが薩州殿』と褒められたそうですので、それまでの外人の非礼・無礼もよほど酷かったのでしょう。
    島津様は休む時間も惜しんで帰国し、戦いに備えたそうです。
    イギリスの戦艦は錨を切って逃げ帰り、それを保管していた薩摩藩は、後にその錨を返したようですが、返済費用に売ってあげれば良かったのに。
    『イギリスの戦艦が日本国の薩摩藩から逃げ帰ったときに残して行った錨』って万博で出品しちゃおーかなーって。

  6. 全日本人が、戦後失われて居るように思われる‼️
    薩摩(鹿児島)には、歴史的誇り高きプライドがあるのですネ❤❤❤⇒⇒⇒この心❤️を全日本人🇯🇵に再びよみがえさせられ、日本国🇯🇵の益々の繁栄を願う🤲

  7. 負けても負けてないアピールばかり。明治以降の作り話ばかり。ウソばかり。呆れるわ。

  8. 徳川と対等ってw
    関ヶ原で負けて命乞いの手紙出しまくりの、260年ケツ舐めるほど媚諂って、松平姓まで喜んで頂戴してたやんけ。

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