「相棒」「ドクターX」「99.9」など数々の作品で欠かせない存在となっている俳優の岸部一徳。1947年生まれで、キャリアの出発点はザ・タイガースのベーシストでした。
同じグループには2歳下の弟、岸部四郎もいました。九人兄弟の四男として生まれ、解散後はタレントや司会者として活躍。年収2億といわれるほどの売れっ子になります。
ところが1998年、知人の借金の連帯保証人になっていたことと浪費が重なって自己破産。所属事務所も解雇されました。2003年には病に倒れて視野や歩行に後遺症が残り、2007年には支えてくれていた妻まで亡くしています。
そして2012年1月24日、日本武道館。ザ・タイガースが解散コンサートを行ったのとまったく同じ日、同じ場所で、沢田研二のライブに5人が揃いました。
このときステージ上の岸部一徳が突然ベースを下ろし、舞台袖へ消えます。戻ってきた一徳が連れていたのが、弟の四郎でした。
四郎が人前で歌うのは30年ぶりのことでした。
その姿を見た一徳が、のちに雑誌のインタビューで語った言葉があります。何を語ったのかは、固定コメントでお伝えします。
※本動画は各種報道をもとに構成しています。
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岸部一徳が語ったのは、弟をたたえる言葉でした。「四郎は僕よりもよっぽど才能がある。司会だって面白いし、俳優の部分だって」。武道館で30年ぶりに歌った四郎について「久しぶりに四郎の歌を聴いて、えこひいきじゃなく、歌は大丈夫だと思いましたよ。高い声も出ていましたからね。自信がないだけなんですよ」とも話しています。四郎は当日、舞台袖までは車椅子でしたが、ステージ上では自分の足で歩くという目標を達成しました。2013年にザ・タイガースは正式に再結成し、四郎は東京ドーム公演に車椅子で出演。それが最後の公の場となり、2020年8月28日に71歳で亡くなりました。みなさんはどう思いましたか?コメントで教えてください!