【ゆっくり生涯解説】仲代達矢|黒澤明が認めた名優

【ゆっくり生涯解説】仲代達矢|黒澤明が認めた名優



仲代達矢の生涯を解説します。

⚠️この動画は教育的・歴史的な解説であり、特定の思想を助長する意図はありません。

#仲代達矢 #黒澤明 #日本映画

View Comments (28)
  1. 演技力も雰囲気も素晴らしい名優だけど
    この目力だけでたとえ大根でもスクリーンでは輝くよなぁ
    大好きな役者さんです

  2. 投稿お疲れ様です。色々な方の人生を知れて勉強になります。
    リクエストですが、扇千景さん(宝塚➝女優➝梨園の妻➝参議院議員)をお願いします。

  3. 仲代達矢さんの若い頃はスター俳優は必ずどこかの映画会社に所属してるのが定説で劇団からの出国者の仲代さんは当時映画会社専属の俳優さん達によくいじめられたそうだ、撮影後の飲み会に一人だけ誘ってもらえなかったり、殺陣の撮影中刀をわざと当てられたり

  4. こんばんは。
    仲代達矢さん、大好きな俳優です。強烈な印象を受けたのは大映映画「炎上」。仲代さんは足の不自由な大学生を演じてます。それにしても市川雷蔵さんとの共演、凄い話。
    加東大介さんと共演した「大番シリーズ」も良かった。
    能登演劇堂は七尾市の町外れ、中島町に設置されている立派な建物です。 
    この地域は地震被害が深刻で、演劇堂も相当な被害を受けてました。因みに、和倉温泉までは車で30分で行けます。
    私はダンプトラックドライバーとして周辺家屋の廃材を積み、国道249号線付近の廃材置き場まで捨てに行ってました。演劇堂前の道路はよく通過してました。演劇堂が仲代さんゆかりの地なのは承知してましたが、令和7年5月になると現場が七尾市市街地に移り、中島町には行かなくなりました。まさかその時期に大事な演劇が行われているとは存じませんでした。

  5. ある映画関係者から聞いたのですが、決して差別的な意味もないし非難することもないし本人の嗜好は尊重するのですが、仲代さん男色の傾向があると聞きましたがはたして本当なのか。
    仲代さんの全作品見てはいませんが、用心棒卯之助、椿三十郎室戸半兵衛のすごみのある表情はすごかったです。それとあの人間の条件の梶。まさしく真似のできない稀代の名優でした。

  6. 小学生の時、地元の映画館(今で言うシネコンなんて洒落た物ではなかった)で見た「ハチ公物語」において、ハチ君のご主人、東大農学部の上野英三郎教授を演じており、冨司純子さんか倍賞千恵子さんが演じた夫人に「人には人の、犬には犬の犬格(けんかく)がある」と説いていたシーンが印象に残っています。犬も様々な犬種があるけど、日本犬の持つ唯一無二の凜々しさとたまに見せる甘ったれな姿を、仲代さんの映画で「かわいい」と思った。

  7. NHK時代劇「清左衛門残日録」の老い、哀愁、しかし新たな発見や日々の出来事に対しての素晴らしい演技が思い起こされます。とにかく眼の力がすごかった。
    今は安らかに。

  8. 良く出来たドキュメンタリー動画だと思います。以前から知っていた事、新たに知った事も含め興味を持って全部見させていただきました。

  9. 彼を扱った動画のコメント欄、海外勢コメントが本当に多いですね。
    黒澤には焼かれ、小林には凍死寸前までさせられた俳優(笑)

  10. 今年3月に能登演劇堂にて、無名塾と地元の方たちで「仲代達矢さんをしのぶ会」が行われました。
    その時のニュース映像がYouTubeに上がっています。

    仲代さんのおかげで、能登には演劇の文化が根付いたそうです。

  11. 26歳の頃(35年前)RZRでハイサイドを起こし左鎖骨骨折。実家の近所の病院に入院し、病室にPC98を持ち込み当時流行った手術シミュレーションを遊び雄叫びを上げ(ロケーションが凄すぎてビビった)、来院者駐車場にS13を駐め続けて、病室を抜け出しては夜な夜な右手のみで車を操り(マニュアル車。もちろん回転合わせながらシフトチェンジも行って)カウンターを当てながら飲み歩き、看護師さんに告って振られ、年末ののどかな日に気まぐれで実家に散歩し、ばあちゃんと忠臣蔵を見た。忠臣蔵のストーリーはふんわりと知ってたけど、もうばあちゃんと共に号泣して、良かったね。良かったねと言い合った。それからしばらくして、レンタルビデオ店で「仲代達矢の忠臣蔵」と言う題名のビデオの存在を知る。多分、テレビドラマで主演の名を冠した作品がビデオ化されたことはそうそうなかったと思う。傑作でした。

  12. 無名塾のオーディションを受けたことがある。
    宮崎恭子さんは終始ニコニコしていたが、仲代さんは鋭い眼光の下にどす黒いクマをうかべ、しぶーい表情だった。
    いい演技をしたと思われる者のあとでも、どうしようもない大根を見ているときでも、お二人の表情は変わらなかったんだよね。

  13. 晩年は、小林政広監督とのタッグで、数々の映画作品に精力的に出演していました
    小林政広は、ピンク映画の国映(!)出身で

    「バッシング」は、世界最高峰のカンヌ国際映画祭グランプリノミネート

    「愛の予感」は、四大映画祭のロカルノ国際映画祭グランプリと

    堂々たる世界的な映画作家ではありましたが
    大変にクセのある作家性でしたので、基本的に映画作品はアート系シアター公開でした
    その小林政広が急逝(本当に突然亡くなったのです)した後は
    仲代はキッパリと、映画とは縁を切りました
    個人的に、ちょっと引っ掛かかっている事は
    仲代を悼む数多のSNS上の方達が
    須らく晩年の、小林政広監督との数多くの協業作品を観ていない事なのです
    (吉田モルモット等、僅かな例外はありましたが)
    それは晩年の仲代を、見捨てていたと云う事ですよね?
    それで残念云々と宣うなど
    納得いかないのですよ

  14. 「椿三十郎」の居合いシーンは1発OKではなく、2回目でOKなはずです
    最初のカットで「血の噴水」が遅れてNGとなり、一同大爆笑となったエピソードが有名

  15. 「下手な内に、下手といわれて、役者は成長する物だ」仲代達矢さんは、無名塾の塾生たちによくいっていたそうです😃🩷💕💕‼️

  16. 宮本輝さん原作の「優駿」での
    緒形拳さんとの共演
    若手の斉藤由貴・緒方直人・吉岡秀隆3人以上に、もの凄く印象に残っています

    いつか、緒形拳さんも是非取り上げて下さい!

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