子供たちの声が響く、長崎市にある小学校の校庭。被爆者・三瀬清一朗さんにとって、ここは忘れられない場所だ。
1945年8月9日、長崎に原爆が投下された後に臨時の救護所となった。1290人が運ばれてきたが、266人が息絶えた。悪臭、うめき声…当時10歳の少年が見たのは「人間処理場」だった。
■本編 https://yahoo.jp/yAbG72
#戦争の記憶 #原爆 #長崎 #水上恒司
爆弾で死なずに済んだ人まで殺したんだよね。そういう爆弾だって知ってて、しかも一般市民の頭上に落としたんだよね。
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爆弾で死なずに済んだ人まで殺したんだよね。そういう爆弾だって知ってて、しかも一般市民の頭上に落としたんだよね。