【渡哲也】石原裕次郎と交わした約束を33年守り抜いた男が最後に選んだ答え

【渡哲也】石原裕次郎と交わした約束を33年守り抜いた男が最後に選んだ答え



日活の無頼シリーズで一世を風靡し、2005年に紫綬褒章、2013年に旭日小綬章を受章した渡哲也。石原裕次郎の跡を継いで石原プロモーションの2代目社長を務め、2011年まで会社を背負い続けました。
その石原プロモーションが2021年1月16日をもって看板を下ろし、設立から58年の歴史に幕を閉じます。発表の日に選ばれたのは、裕次郎の命日でした。
渡哲也が2代目として背負っていたのは、経営の重さだけではありませんでした。33年ものあいだ実行できずにいた、裕次郎のある言葉があったのです。
その言葉の中身については、固定コメントでお伝えします。
※本動画は各種報道をもとに構成しています。

#shorts #渡哲也 #石原裕次郎 #石原プロモーション #昭和スター

View Comments (3)
  1. 渡哲也が33年守り続けたのは、石原裕次郎が昭和62年7月17日の臨終の際に残した「俺がタヒんだら即会社をたたみなさい」という遺言でした。ところが妻の石原まき子は、俳優やスタッフの会社への愛情の強さを目にして遺言を切り出せず、33年ものあいだ実行されないままだったのです。2020年、高齢と体力の低下で実務が難しくなったまき子が渡哲也、舘ひろし、神田正輝に相談。「裕次郎さんらしく惜しまれるうちに商号を返しても、裕次郎さんは承知してくれるのではないですか」という言葉に背中を押され、ようやく遺言が実行されました。発表は2020年7月17日の裕次郎の命日、看板を下ろしたのは2021年1月16日。渡哲也はその約1ヶ月後の2020年8月10日に78歳で旅立ち、お別れ会は本人の意向で行われませんでした。みなさんはこの33年をどう思いましたか?コメントで教えてください!

コメントを残す