【渡哲也】「監督、あと一度だけお時間を」芦川いづみを前に15回連続NGを出した日の震える指先の記憶

【渡哲也】「監督、あと一度だけお時間を」芦川いづみを前に15回連続NGを出した日の震える指先の記憶



日活撮影所の第三ステージ、照明の熱で40度近くまで上がったセットの中で、新人の渡哲也は立ち尽くしていました。目の前には、当時の看板女優であった芦川いづみさん。完璧に覚えたはずの台詞は喉に張り付き、一言も発することができません。空手二段の自負も、180センチの体躯も、彼女の放つ神聖な光の前では無力でした。本作は中平康監督の厳しい現場。スタジオの隅では藤竜也が見守り、異様な緊張感が漂う中、若き日の渡が直面した「俳優人生最大の挫折」の瞬間を、本人の言葉で克明に振り返ります。

結局、そのシーンだけで15回ものNGを重ねました。当時のカラーフィルムは1巻で大卒初任給を超えるほど高価であり、1分間のNGは数万円をドブに捨てるに等しい時代です。怒号を飛ばす監督に対し、そっと手を添えて「あと一度だけ」と庇ったのは芦川さんでした。彼女から手渡された一本の冷たいおしぼり。その時、渡は彼女の指先が激しく震えていることに気づきます。年収にして200倍以上の開きがあるトップ女優が、なぜ新人を前に震えていたのか。そこには、後に彼女が銀幕を去る決意へと繋がる、孤独な絶望が隠されていました。

石原裕次郎という巨星を支え、石原プロの重責を担い続けた渡哲也。彼が不器用な男を演じ続けた裏側には、芦川いづみという一人の女性から託された「見えないバトン」がありました。病魔に襲われ、声を失いかけた夜に彼が思い出したのも、やはりあの日の撮影所の光景だったと言います。誰かの身代わりとして地獄を歩き抜いた一人の表現者の独白は、今、何かに耐えながら孤独に歩むすべての人へのエールでもあります。渡哲也が最期まで守り通した、彼女とのたった一つの約束。最後まで、どうかゆっくりとお付き合いください。

▼ チャプター
0:00 芦川いづみを前に
0:51 砕け散る自信
1:24 台詞が出ない新人
4:24 十五回のNG
6:04 冷たいおしぼり
15:08 不器用なままで
16:08 託された終わり
18:16 引退の引き金
19:46 奪ってしまったもの
22:42 不器用な男の約束

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