【本木雅弘】なぜ樹木希林の婿養子に?16代続く農家の次男が内田家へ入った“本当の理由”

【本木雅弘】なぜ樹木希林の婿養子に?16代続く農家の次男が内田家へ入った“本当の理由”



本木雅弘さんは、なぜ16代続く農家の次男でありながら、樹木希林さんと内田裕也さんの「内田家」へ婿養子として入る道を選んだのでしょうか。本動画では、本木雅弘さんと妻・内田也哉子さんの結婚、シブがき隊から俳優へ歩んだ人生、映画「おくりびと」「日本のいちばん長い日」、そして義母・樹木希林さんと家族として過ごした23年間をたどります。
結婚を前に、本木さんの両親が口にした「寂しいけれども、お任せします」という言葉。その一方で、本木さんの婿入りを最初に望んだのは、内田也哉子さんではなく、樹木希林さんでした。
16代続く米農家に生まれた本木さんは、なぜ内田家へ入ったのか。17歳だった也哉子さんとの出会い、1995年7月7日の結婚、離婚まで考えた新婚時代、そして樹木希林さんとの二世帯住宅での暮らし。本木さんと希林さんも、最初から理想的な義母と婿だったわけではありません。反発する時期を経て、希林さんはやがて、本木さんが仕事や人生の大きな決断を相談する存在になっていきました。
シブがき隊の「モックン」として一世を風靡しながら、俳優として自分に問い続けた本木雅弘さん。映画「おくりびと」で死と向き合い、「日本のいちばん長い日」では昭和天皇という大役に挑みました。その陰には、樹木希林さんの言葉がありました。
そして2018年。自らの死を静かに受け入れ、最期の準備を進めていた樹木希林さんが、亡くなるおよそ10日前に思いを伝えようとした相手の中に、本木さんの両親がいました。
「最初は寂しかったけれど、雅弘が内田家に入ってよかった」
20年以上の時間を経て、2つの家族はどのように本当の家族になっていったのでしょうか。昭和から平成、そして現在へ。本木雅弘さんと樹木希林さんの間にあった、義母と婿という言葉だけでは語り切れない家族の物語を、ぜひ最後までご覧ください。
▼ 目次
00:00 本木雅弘、なぜ内田家の婿養子に? 樹木希林が望んだ理由
03:53 17歳の内田也哉子へ、本木雅弘が伝えた未来の言葉
05:06 1995年の結婚と、わずか半年後に訪れた離婚の危機
08:02 樹木希林との二世帯生活、「内田家政婦協会」の日々
11:39 シブがき隊から俳優へ、希林さんとの関係が変わるまで
18:36 映画「おくりびと」と、本木雅弘が向き合った生と死
20:39 樹木希林、最期の準備と両家をつないだ最後の思い
▼ 参考資料
本木雅弘 Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E6%9C%A8%E9%9B%85%E5%BC%98
ほぼ日刊イトイ新聞「その3 母が惚れた。」
https://www.1101.com/n/weeksdays/contents/13409
文春オンライン「雅弘が内田家に入ってよかった」
https://bunshun.jp/articles/-/67857
文藝春秋PLUS「樹木さん、裕也さん、そしてジャニーさんのこと」
https://bunshun.jp/bungeishunju/articles/h1161
シネマトゥデイ「『おくりびと』本木雅弘 単独インタビュー」
https://www.cinematoday.jp/interview/A0001898
MANTANWEB「本木雅弘:昭和天皇役決断に義母・樹木希林の助言」
https://mantan-web.jp/article/20150520dog00m200008000c.html
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