渥美清さんは、自分の私生活を誰にも見せませんでした。
自宅の住所は、27年ともに『男はつらいよ』を作った山田洋次さんにも知らされていません。
1996年7月、渥美さんは最後の入院をします。
妹・さくら役として27年間共演した倍賞千恵子さんは、著作でこう語っています。
「渥美が最後に病院に入っていた時、まるでお別れを告げるように
いろいろな人に電話をかけていたようで、夜中だったため電話を取ることが出来なかった」
同じことは、付け人だった篠原靖治さんも述べています。
篠原さんによると、7月の入院前に突然渥美さんからかかってきた電話が、最後の会話だったといいます。
1996年8月4日、渥美さんは転移性の肺がんで亡くなりました。68歳でした。
「葬儀の際は芸能関係者を呼ばず、身内だけで」「訃報は荼毘に付したあとに世間へ知らせること」
という遺言により、葬儀は家族だけの密葬で行われ、
訃報が公表されたのは3日後の8月7日でした。
なお渥美さんは芸能人の通夜や葬式には一切出席しませんでしたが、
唯一出席して取材に答えたのが、1995年10月に亡くなった
『男はつらいよ』の撮影監督・高羽哲夫さんの通夜でした。
出典:
https://ja.wikipedia.org/wiki/渥美清 (脚注付き記述。倍賞千恵子・篠原靖治の証言・自宅を誰も知らなかったこと・遺言と密葬・高羽哲夫の通夜)
https://ja.wikipedia.org/wiki/男はつらいよ
写真: 倍賞千恵子(2019年 東京国際映画祭)Dick Thomas Johnson, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons
※闘病の詳細な描写は避けています。
ある意味孤独死やな。電話くらい出て欲しかったな。山田洋次に一生面倒みるから他の映画に出るな!と約束させられていた。
渥美清さん,今も寅さん生きているよ
何回も見ても面白い。渥美さん藤田まことさんは,天才 ありがとうございます
渥美さんは確か片肺飛行だった。余り無理が利かなかったのだろうと思う。
昔の役者さんって、私生活はあまり見せなかったんですね。
高倉健さんもそうみたいでしたし。
色んなかたがお亡くなりになってしまう
自然には逆らえない😢
今いる人を大切にしていこうと
又思う
基本的に誰でも家は教えないよ
1970年代の始め、有楽町駅近くの書店で帽子を深く被り何かの本を読んでる田所康雄さんの姿を見た事がある