脚本・原作 / 倉本聰  「 君は海を見たか 」 最終回

脚本・原作 / 倉本聰 「 君は海を見たか 」 最終回



1982
「 君は海を見たか 」 最終回

up動画: 2019 日本映画専門チャンネル
( 追悼放送 )

Afterword:

『君は海を見たか』(1982年・フジテレビ)は、倉本聰さんにとっても、主演の萩原健一さんにとっても、並々ならぬ執念と覚悟を持って挑んだ非常に特別な作品でした。 このドラマにかける倉本聰さんの意気込みと背景には、いくつかの象徴的なエピソードがあります。

1. 『北の国から』直後の「富良野」での合宿と役作りご質問にあるクランクイン前の北海道合宿ですが、まさに前年(1981年〜1982年)に大ヒットした『北の国から』の舞台である富良野に、キャスト・スタッフを呼び寄せる形で行われました。倉本さんは、のちに俳優やシナリオライターを育成する「富良野塾」(1984年開設)を設立しますが、この『君は海を見たか』の事前合宿はまさに富良野塾の原点とも言える、圧倒的なリアリティを追及するトレーニングでした。徹底的な役への没入:単なる台本の読み合わせ(本読み)にとどまらず、北海道の厳しい自然の中で生活を共にさせ、登場人物たちの「人間関係の空気感」や「生活の匂い」をキャストの体に染み込ませようとしました。生と死、家族に向き合う姿勢:作品のテーマが「不治の病(小児白血病)に侵された幼い息子と、仕事一筋だった父親の絆」という非常に重厚なものだったため、生半可な演技では成立しないという倉本さんの強い危機感と熱意がありました。

2. 「モーレツ社員(社畜)」という時代への問いかけ倉本さんがこの作品を着想したきっかけは、『北の国から』ブームで富良野を訪れていた、当時の「モーレツ社員」と呼ばれたサラリーマンたちの姿でした。彼らが「仕事ばかりしてきて、閑職に追いやられて初めて電車の車窓の景色を見た」「子供とまともに向き合ってこなかった」と吐露するのを聞き、倉本さんは大きな衝撃を受けます。 「自分自身は海を見ていたのか?」という問い:息子のために海を見せようとする父親(萩原健一)を通して、「高度経済成長の中で、男たちは本当に大切なもの(家族や人生の景色)を見てきたのか?」という鋭い文明批評・時代批評を突きつける意気込みで執筆されました。

3. 演出陣・現場に宿った異様なまでの緊張感倉本さんの執念に応えるように、演出には『北の国から』を共に作り上げた杉田成道監督らが就任し、主演の萩原健一さんも極限の集中力で撮影に臨みました。萩原さんは役に没頭するあまり、「自分が演技している最中に、スタッフが緊張感なく台本をめくるカサッという音すら出させない」ために、撮影現場の全スタッフ(美術やカメラマンまで)に台本を頭に叩き込ませたという伝説的な逸話も残っています。『勝海舟』から始まった倉本聰さんと萩原健一さんのタッグですが、この『君は海を見たか』は、倉本さんが富良野で掴み取った「表現者としての新しい覚悟」を、盟友であるショーケンと共にすべてぶつけ合った魂の集大成だったと言えます。

               抜粋記事より

View Comments (4)
  1. 最終回配信ありがとうございます!👌リアルタイムで、中1の時に、見てました!前回のラスト、ガッツ石松さん(タクシー運転手)に、子供の為に、何回も殴られても、また、立ち向かうシーンで、泣きました😭あれから、ショーケンさんの大ファンになりました。✨また、別の作品も、配信宜しくお願いします。🙇

  2. 昨日の涙とはまた違う涙が…
    良いドラマだったこと64で初めて感じました。
    動画アップいつもありがとうございます。お身体ご自愛下さい。

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