黒澤明が、三船敏郎の葬儀に届けた最後の言葉 #黒澤明 #三船敏郎 #感動する話

黒澤明が、三船敏郎の葬儀に届けた最後の言葉 #黒澤明 #三船敏郎 #感動する話



黒澤明監督と三船敏郎さんは、1948年の『酔いどれ天使』から1965年の『赤ひげ』まで、16本の映画を共に作りました。

黒澤監督は自伝に「めったに俳優に惚れない私も、三船には参った」と書いています。

『赤ひげ』のあと、2人が同じ映画を作ることはありませんでした。その理由を、黒澤監督の娘・和子さんは父から「2人で出来る事はやり尽くしたからだ」と聞かされていたそうです。

1997年12月24日、三船敏郎さんは77歳で亡くなりました。黒澤監督は骨折のリハビリ中で、12月の密葬にも、翌年1月24日に青山葬儀所で営まれた本葬にも出席できませんでした。

本葬では黒澤監督の弔辞が代読されました。黒澤監督は「こんなつらい思いをしたことはない」と述べ、自分の作品は「どれも君がいなかったらできなかった」と三船さんに語りかけました。

その8か月後の1998年9月6日、黒澤明監督も88歳で亡くなっています。

出典:
https://www.asahi-net.or.jp/~zc2t-ogw/MKHome/AKHome/mihune/mihune_honso.htm (三船敏郎・本葬レポート 1998年1月24日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/三船敏郎 (弔辞の文言は朝日新聞を典拠)
https://bunshun.jp/bungeishunju/articles/h3077 (文藝春秋2022年1月号 黒澤和子)
黒澤明『蝦蟇の油 自伝のようなもの』

※2人が不仲だったとは断定していません。組まなくなった理由は、娘の和子さんが父から聞いた言葉だけを紹介しています。
※祭壇・フィルム・巻紙の情景はイメージです(人物は写っていません)。

View Comments (1)
  1. 貴重な外語映画に、ソ連映画(制作1975年)も。
    一見の価値あり。
    【デルス・ウザーラ】
    監督・脚本=黒澤明
    ※半世紀以上前、偶然TV放映で視聴。

    鑑賞後、タイトルエンドまで見続けるほど鷲掴み状態。
    是非ご観覧あれ。

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