志村喬の類まれなる生涯――『生きる』『七人の侍』『ゴジラ』を支えた名優の76年の軌跡

志村喬の類まれなる生涯――『生きる』『七人の侍』『ゴジラ』を支えた名優の76年の軌跡



常に主役を演じることで有名になる俳優もいれば、画面に登場するだけで映画全体に人間味という深みを与え、観る者の心に忘れがたい印象を残す俳優もいます。 志村喬は、まさに後者のような稀有な俳優の一人でした。 1905年3月12日、兵庫県生野で生まれた志村の人生は、当初、映画の華やかな世界とは無縁のものでした。本名は島崎捷治(しょうじ)。彼は、豊かな自然に囲まれた鉱山町で、武家の家系に育ちました。 その少年時代は、変化と困難に満ちたものでした。神戸第一中学校に通っていましたが、病気のために宮崎県の延岡中学校へ転校を余儀なくされます。その後、関西大学在学中には、父親の事業失敗によって家計が困窮するという事態に見舞われました。 志村は昼間働きながら夜間に学業を続けましたが、やがて演劇の世界に強く惹かれるようになっていきました。 当初は単なる関心に過ぎなかったものが、やがて情熱へと変わっていったのです。 1928年頃、彼はプロの演劇の世界に入り、「七月座」「現代座」「新声座」「新選座」など、いくつかの劇団に参加しました。長年にわたる舞台経験を通じて、彼は後にその代名詞となる力強い発声、身体を自在に操る能力、そして繊細な演技スタイルを磨き上げていきました。

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