淡路島で育った渡哲也さんと渡瀬恒彦さんの兄弟。照れや遠慮があり、共演は生涯で3度だけでした。
2011年、3度目の共演の会見で、兄が「わたしをはるかに超えた俳優になった」と言うと、弟は「兄貴程度しかできなかったらとっくに消えてます」と返しました。
2015年に胆のうがんを公表した渡瀬さんは、病室に台本を持ち込み、亡くなる前日まで『警視庁捜査一課9係』の打ち合わせをしていました。
2017年3月14日、渡瀬恒彦さんが72歳で逝去。
兄は直筆の書面で「弟を失いましたこの喪失感は何とも言葉になりません」。家族葬のあと、自宅で取材に応じ「一般病棟にいるときからセリフは全部覚えてました」「やらしてやりたかったというか…やり通せなかったことは無念だったと思います」と語りました。
3年後の2020年、渡哲也さんも亡くなっています。
出典:
デイリースポーツ 2017-03-17
https://www.daily.co.jp/gossip/2017/03/17/0010006377.shtml
デイリースポーツ 2017-03-18
https://www.daily.co.jp/gossip/2017/03/18/0010010073.shtml
※情景の一部は生成画像です(人物は写っていません)。
渡哲也「勉強も喧嘩も弟にはかなわなかった」。渡さんは青学出身で、渡瀬さんは早大卒なんですよね。本当に仲のいい兄弟でした。
若山・勝新兄弟、田村三兄弟と並ぶ、戦後日本映画史上最強の兄弟役者。それが渡哲也と渡瀬恒彦( >Д<;)
◆この動画のまとめ
淡路島で育った渡哲也さんと渡瀬恒彦さんの兄弟。照れや遠慮から共演は生涯で3度だけでした。がんを公表した渡瀬さんは病室に台本を持ち込み、亡くなる前日まで打ち合わせを続け、2017年3月14日に72歳で逝去。兄は「一般病棟にいるときからセリフは全部覚えてました」と語りました。
◆見どころ
・2011年の会見、兄「わたしをはるかに超えた俳優になった」、弟「兄貴程度しかできなかったらとっくに消えてます」
・兄の直筆の書面「弟を失いましたこの喪失感は何とも言葉になりません」
・「やらしてやりたかったというか…やり通せなかったことは無念だったと思います」
渡哲也さん・渡瀬恒彦さんの、ほかのエピソードや逸話をご存じの方は、ぜひコメント欄で教えてください。いただいたお話は出典を確かめたうえで、今後の動画づくりの参考にさせていただきます。