「お兄ちゃん」と呼び続けた人は、がんの体を押して、最後の撮影に向かっていました🌸
1969年、映画『男はつらいよ』第1作で、渥美清さんは主人公・寅さん、倍賞千恵子さんはその妹・さくらを演じました。シリーズは27年間・48作。倍賞さんはその間ずっと「妹さくら」として隣にいました。
大ヒットの陰で、どこへ行っても役名で呼ばれる日々に悩んでいた倍賞さん。そんなとき渥美さんは「おい、飯食いに行くか」と誘い、一緒にステーキを食べながら「役名で呼んでもらえるなんて、役者にとって最高の褒め言葉なんだぞ」と伝えたそうです。
1991年に肝臓がんが見つかり、それでも1995年の第48作『寅次郎紅の花』に出演。翌1996年8月4日、68歳で亡くなりました。2019年、50作目の舞台あいさつで倍賞さんは涙ながらに語ります。「だからお兄ちゃんもきっと喜んでると思います」。
あなたの心に残る「あの人の一言」は何ですか?コメントで教えてください💬
#感動 #男はつらいよ #渥美清 #倍賞千恵子 #寅さん
役者馬鹿
寅さん📺️シリーズでは天✨召されて最終回だったが🎥としてギネス記録に載る🇯🇵最高の作品として皆の心に残る
寅さんは旅に出ているだけ
役者さんはきっと
当たり役が出ちゃうと
固定みたいな感じで色んな役やりづらくなるんだろうけど
自分の役者人生て芝居の役名で覚えて貰うって最高の名誉だよね😊
最高の俳優さん「渥美清」、山田監督と二人
で長い間、🎉の正月映画を😅作って下さいました。日本映画の歴史に燦然と輝く「寅さん」永遠です!🎉🎉🎉😢😢😢🎉「さくらさん」
ありがとうございました。
毎週土曜日、BS7ちゃん寅さん もう3廻り目😊何度見てもあきない、もう子守り歌の様に見てる💖
子どもの頃は親に連れられて映画館へ寅さん見に行ってた。当時は恒例の行事のようにただ参加するだけだったが、寅さんに近い歳になってから妙に懐かしく思い出される。
正月の映画は寅さんでした。
数ある女優さんとの共演の中でも、沖縄でのリリーさんとの共演が忘れられないです。
お互い素直な気持ちで、一緒になって欲しかったな。
渥美清さんの余命が少ないと感じたリリー役の浅丘ルリ子さんは山田監督に「寅さんと結婚させて下さい」と懇願したって話を聞いた事があります。
今なら癌は治るのにな
抗癌剤は体内温度下げて免疫なくすから病院の言う事聞いてたら駄目だって細川先生言ってたな。抗癌剤打たないで重曹クエン酸飲んで結構治ってる人いるみたい 残念だな。
渥美清が出てこなくても「寅さん」は出てくる。倍賞千恵子が出てこなくても「さくら」は出てくる。嵌り役があるって凄いことだと思う。
武田鉄矢「金八先生」芦屋雁之助「山下清」高橋英樹「桃太郎侍」加山雄三「若大将」など
沖永良部の半崎やジキョヌホーが撮影地になった作品
何作目だったか思い出せませんが、
夏休みに入り盲腸になって入院した友達がいました。
たまたまお見舞いに来てくれた人と 退院してしまい、自宅に帰らずそのまま 寅さん映画をやっている映画館に2人で直行‼️
腹を抱えて笑っていると思ったら、右の下腹部からの出血🩸で 白いワイシャツは赤く染まっていました。
そのまま また病院に戻りお腹を縫い直したそうです。縫い口は汚なくなりましたが、寅さんの面白さは別格でしたね😂笑😢笑
そんな彼も、大学を卒業して中学校の先生になりました、寅さん先生にはなれなかったらしいですが。
同級生も私も 73歳になり寅さんより5歳 年上になりました。
48作目を撮り終えた後にリリーさん役の浅丘ルリ子さんは渥美さんの姿を見て危機感を感じ、山田洋次監督に
「頼むから49作目で寅ちゃんとリリーを結婚させてやってください」
と懇願した
しかし山田監督は
「渥美くんがいなくなるなんて考えちゃいけない!これからも50作目、100作目と撮るんだ」
と思いそんな話にはしなかった
しかし渥美さんが亡くなり、山田洋次監督は浅丘ルリ子さんに泣きながら
「寅とリリーを結婚させなくて申し訳ない…」
と謝罪したらしい
あー、渥美 清さんの年を越えてしまった 私がいる。
渥美さんの寅さん以外の色々な役ものも見たかったな。
さくらさんの名前もらいました
ホントに素晴らしい兄と妹です
映画全部見たなあ。😂
渥美清が1番好きな俳優です。今でも時々「男はつらいよ」観たりしますね。
今「男はつらいよ」の再放送をBS7で3回目26作目の視聴が終わった。私は第31作目「旅と女と寅次郎」が大好きで11月28日の再放を待ち望んでいる。何回観ても全く飽きないですね!。寅さんは最高ですね!。👍🤗
桜😂❤❤
渥美清は寅さんだったんだよ さくらのお兄ちゃんだったのさ
情に厚くて間違った事は大嫌い!感情が顔に
出る良い役者さんでした。