今回は徳川家随一の家臣団・酒井一族解説となります!
酒井一族はたくさんの名臣がいる家系となります!
今回は酒井家の2つの家系の左衛門尉家と雅楽頭家の面々を紹介します!
どうする家康でも登場している酒井忠次を始め、酒井忠世や忠勝らの有能な人材たちを輩出する酒井家!
今回は三河時代〜江戸時代初期にかけての酒井氏を紹介します!
#どうする家康
#酒井忠次
#徳川家康
●画像引用
どうする家康 公式HPより引用
鎌倉殿の13人公式Twitterより引用
●参考文献
徳川家康家臣団の事典 煎本増夫様著
酒井家世紀 致道博物館様著
図説徳川家康家臣団 小川雄様著
上野厩橋藩…
群馬県民としては
うまやばしではなく、まやばしと読んでいただけると嬉しいです。
史料が少ないのは知ってるけど。
酒井下総守七之助恒城にも触れて欲しかった。
「酒井忠次の異母弟、恒城(つねもと)のことはよく分かりません」でも良かったから。
わざわざ、僧籍から還俗したんだから、何かあったと考えた方がロマンがあるしね。
同世代に誰がいるかという説明が分かりやすいです。
酒井雅楽頭って時代劇ではよくでてきますよね
雅楽頭の方がよく知られているのでは?
遠江侵略前から城持ちになってる人こそ
当時の本当の重臣
岡崎城代の石川日向
西尾城の酒井雅楽
吉田城の酒井左衛門
田原城の本多豊後
いずれも1530年近辺の生まれ
1560年代の弱っちい松平軍団の首脳陣
大久保七郎でさえ、遠州入りしてから城持ち
本多平八や榊原小平太なんてペーペー
早くから持ち上げ過ぎ
讃岐守忠勝はうちの殿さまw
幕政で忙しくてあまり国元には帰ってないけど
酒井一族には、山内吉佐(やまうち よしすけ)のように、三河から土佐に渡った系統もいるようです。使える主君から、山内姓をもらったことで、酒井から改名したようです。
家康の従兄弟といえば水野勝成さんも1564年生まれだったなぁ
とても分かりやすく、声が聞きやすいです。原稿は用意しているものと思いますが、えっとーとか、そのー、とか挟ます淀みなく話すので、聞いている方もスーッと入ってきやすかったです。綿密に調べていて、自分の知識内に習得している感じなので、人への説明力があると思います。
酒井 抱一が知りたかったのでいつか紹介して下さい
酒井両家を取り上げていただき、ありがとうございます。
私は、小浜藩の雅楽頭酒井家が先祖と思われます。
比叡山延暦寺の千日回峰行を2回した、酒井雄哉も雅楽頭酒井家と思われます。