丹波哲郎、父の死に涙はなく、妹の死に60年沈黙した ― 一族に見放された三男

丹波哲郎、父の死に涙はなく、妹の死に60年沈黙した ― 一族に見放された三男



丹波哲郎さんは、平安から千年続く薬師の名家に生まれた三男でした。
7歳で妹を亡くし、72歳まで誰にも明かさなかった一行。「継子は私の身代わりになったのだ」。
父の死には何も感じず、妹の死には60年沈黙を守った男の、知られざる家族の物語です。
祖父は東京帝国大学薬学科の1期生、駒込に2000坪の屋敷。ロールスロイスで送迎される家に生まれながら、哲郎は自らを「いてもいなくてもどうでもいい存在だった」と綴りました。
兄には叱らなかった父が、哲郎だけは何をしても叱り続けた家。戦時中は吃音で「廃兵扱い」とされ、終戦の日に吃音が嘘のように消えた不思議。
妻・貞子さんがポリオで倒れた日、哲郎は「おまえには太陽であってほしい」と誓います。車椅子の妻を背負って映画館に通った日々。
「霊界の宣伝使」として知られた哲郎が、母の死の前では嗚咽して遺体にすがりついた矛盾。そして妻を亡くした日、霊界の話はぴたりと止まりました。
死後9年、96歳の兄がテレビで初めて語った言葉とは。

▼ 目次
00:00 オープニング
02:58 第1章:千年の家系
07:35 第2章:吃音と軍隊
11:50 第3章:売り込まない男
15:47 第4章:足が動かないの
20:11 第5章:世界の舞台
24:06 第6章:死は怖くない
29:54 第7章:太陽が消えた日
33:08 第8章:見事な生涯

▼ 主な参考資料
・野村進『見事な生涯 丹波哲郎』講談社、2024年
・NHK「ファミリーヒストリー」丹波哲郎 回、2015年放送
・週刊現代「丹波哲郎 最後の日々」2006年
・丹波哲郎『丹波哲郎の霊界サロン』(自伝)
・丹波義隆 インタビュー(システムブレーン公式プロフィール)
・Wikipedia「丹波哲郎」
・映画.com「丹波哲郎 フィルモグラフィー」

▼ 出演者に関する補足
丹波哲郎さん(1922-2006)。本名・正三郎。俳優。
妻・貞子さん(1927-1997)。長男・丹波義隆さん。
本動画は公開資料・出版物をもとに構成しています。

チャンネル登録で、他の方々の人生もご覧いただけます。
高評価・コメントもお待ちしております。

#時代を生きた声 #丹波哲郎 #昭和俳優 #Gメン75 #家族の物語

View Comments (17)
  1. 大霊界観に行きました。ご自身の臨死体験から興味を持ったのですね。
    妹さんは残念でした。苦しかったと思います。
    けれど、生き残ったことも戦死しなかったことも俳優になったことも天命のように思いました。

  2. 公家の一族ですね。お婆様は京都に大きな地所お持ちで地代家賃収入あったのでしょう
    後輩で公家の一族で、毎月70万お小遣い貰ってた女性がいました。今から40年前当時彼女は23くらいでしたが、それでも全く足りないと言っていました。
    やはり身分というのは意識強い人でした

  3. この動画、…素晴らしい、ありがとう、🌿…丹波哲郎さんがそんな思いで生きてきたのですね

  4. 丹波哲郎さんの大霊界を電車に乗って見に行きました 
    Gメン75も最終回迄見続けました。頭が良くて格好良くて面白くて何言われても怒らなかった丹波哲郎さんでした

  5. めちゃくちゃ男前ですね!小さい頃に見たGメンのイメージが強いです。名家の坊ちゃんだったんですね。私の祖父も大正生まれでしたが、身長が高かったです。

  6. 野村進さんの丹波哲郎さんの生涯

    読みました

    そして昔、統一原理を聴いた時の閉校式の時に、丹波哲郎さんとの裸に温泉につかりながら、霊界の話しに夢中になった話し…逸話を聴きましたよ
    倉原講師の話しでした
    まだチョークの時代、スマホも携帯もないポケベルオンコールの時代
    熱海か箱根の温泉での話しでした
    懐かしい…😊

    そんなこともあれば、十勝清水のカフェに行くと、丹波哲郎さんの霊界の話しの講演会に行ったという方にも、2年前会いました

    丹波哲郎さんだけでも縁を感じます

    丹波哲郎さんの本を買ったのは、YwCA
    そして献本した日に
    聖書勉強会
    私の隣には、元信徒が座っていました

    こんなことがあるもんだなぁと縁を感じます

    永遠の魂の世界はあるけれど
    もう少し長生きして地上人間を楽しみたいと思います

    丹波哲郎さんは、霊界はある!
    ということにおいて貢献されましたね

    それと奥さまを大切にしながら😅😊

  7. ある年のお正月…TVの番宣CMで“新春時代劇スペシャル…!!”と、役の衣装のまま丹波さんがアノ朗々とした声で言うと、ヨコのお姫様がプッと吹き出してしまい、“笑うこたァ、ね―じゃねぇかァ…”と苦笑いしながらも優しく微笑んでらしたのを思い出します。

  8. 野村進さんの評伝やNHKのファミリーヒストリー、さらには逝去後9年を経て語られた兄の証言にいたる一次資料を精緻に繋ぎ合わせ、偉大な役者の生涯を立体的に描き出した構成力は素晴らしいの一言に尽きます。千年の家系の光と影、そして晩年の静かな幕引きを単なる芸能界のゴシップに落とさず、尊厳と敬意に満ちた重厚な人間ドキュメントとして再構成してくれた制作陣に心からの敬意を表します。

  9. 華やかなGメン75のボスとしてのイメージが強いですが、2000坪の豪邸に生まれながらも不要な存在と感じていた幼少期の孤独や、妹の死を自らの身代わりと捉えていた精神的な重圧を知り、深く胸を衝かれました。霊界の宣伝使として死を語りながらも、最愛の母の遺体の前でむせび泣き、妻を亡くした瞬間に霊界の話を封印したという人間臭い矛盾に、本当の悲しみと愛情の深さを見た気がして涙が止まりません。

  10. 三匹のサムライが 私の丹波哲郎✨凄い‼️の最初😆。 最近拝見したYouTubeサンの 長門勇さんとの モノクロ時代劇=💥長回しの殺陣が💥物凄い‼️再確認😆 故に御先祖は 御武家様と思ってました。 でも あの知的で ハリウッド・スターに 貫禄負け等 微塵も無いのは 🇯🇵名門の御血筋故、 納得です🙇 丹波哲郎さん!! 風格と品格・ユーモア、時代劇・現代劇でも 丹波さんの存在は唯一無二でした。又、何処かで お会いしたい大スターです💖😢

コメントを残す