1959年7月、33歳の妻が、ある朝、両足が動かなくなりました。ポリオでした。
その日から、丹波哲郎さんの妻・大蔵貞子さんは車椅子の上で38年間を生きました。
誰にも知られず、48年間、陰で夫のために犠牲になり続けた女性の物語です。
1949年、丹波哲郎さんと貞子さんは結婚しました。仕立て屋の娘だった貞子さんは、夫の衣装をすべて自分で作り、デビュー後の家計管理を一手に引き受けました。
しかし1959年、義隆さん4歳の誕生日の3日後、貞子さんは突然ポリオに倒れます。
それから38年、車椅子の妻は夫に車椅子を押させませんでした。中古のルノーがエンストするたびに、自ら下駄を脱ぎ、後ろから押してエンジンをかけました。
1989年、夫のスキャンダル。記者会見の朝、答え方を教えたのも車椅子の妻でした。
同じ頃、映画「大霊界」に33億円。妻はその霊界を信じていませんでした。残った8億円の借金を、夫に何も知らせず、コツコツと返し続けました。
1997年4月13日、貞子さんは旅立ちました。遺産は1円も残っていなかったといいます。
📌 タイムスタンプ
00:00 オープニング
02:59 第1章:丹波家の落ちこぼれと荻窪のマーケット
05:01 第2章:拷問のような気分と1949年の結婚
08:50 第3章:1959年7月、両足が動かない朝
12:36 第4章:「丹波哲郎は商品だから」38年間の車椅子
18:04 第5章:「『隠し子』じゃないじゃない」1989年の記者会見
22:14 第6章:33億の「大霊界」と8億の借金
26:16 第7章:1997年、妻を見送った夫
31:47 第8章:220坪の更地と70年前のタキシード
📚 参考資料
・野村進『丹波哲郎 見事な生涯』講談社、2024年
・現代ビジネス「丹波哲郎 見事な生涯」連載 (gendai.media)
・古澤襄『丹波家の人びと』hyakka.seesaa.net
・週刊現代 義隆氏インタビュー記事
・週刊平凡 1961年7月12日号
・『女性自身』1989年6月号(隠し子スキャンダル報道)
・テレビ朝日「徹子の部屋」2002年2月8日放送
・テレビ朝日「爆報!THE芸能」丹波哲郎特集
・cinenouveau.com「生誕百年記念 丹波哲郎祭」(2023)
・Wikipedia日本語版「丹波哲郎」「丹波哲郎の大霊界」「大蔵敏彦」
#時代を生きた声 #丹波哲郎 #昭和女優 #昭和スター #大霊界
※本動画の内容は、信頼性のある公的・公式な情報源、および公開されている資料に基づいて制作しています。
チャンネル登録で、他の方々の人生もご覧いただけます。
高評価とコメントをいただけると、次回の制作の励みになります。
豪快なイメージがある丹波さんの別の顔をみれて良かったです。良い奥様でしたね‼️
息子を語っても、妻を語っているのを、聞いたことが有りませんでした。病気のことに言及することになることを、避けたのでしょう。
確か医者の家系だったと思いますが、ご本人が俳優を目指した理由は、何だったのでしょうか。
丹波さんは、素晴らしい俳優さんだと思っています…悪役時代の凄み…刑事役時代の爽やかさと輝き…鬼平の時の重量感と軽快さ…吉右衛門さんとご一緒した鬼平の時の妖艶さ
…映画TVSNS色々視てきた丹波さんが大好き😆💕です。その影に輝く奥様の深い愛があったのですね。
😂😂
華やかな大スターの裏で、衣装作りから家計管理、さらには記者会見の差配まで一手にとり仕切った貞子さんこそ、丹波家を支えた真の主役だと思います。霊界を信じていなくとも夫の夢のために影で犠牲になり続けた彼女の生き様は、夫婦の絆というものの本当の重みと気高さを静かに教えてくれます。
大霊界 は大ヒットしましたよ。2回とも観に行きましたが、大霊界 2 の集客数は 1 ほどでもありませんでしたが。