本格推理、ドロドロの人間模様、そして華族の没落という時代を見事に融合させた横溝正史の傑作原作と、3本の映画・ドラマ作品(古谷一行版、西田敏行版、吉岡秀隆版)を論じます。
【チャプター】
映画「悪魔の手毬唄」ラスト場面問題 00:07
「悪魔が来りて笛を吹く」原作論 01:45
古谷一行版レビュー 50:30
東映版レビュー 1:04:40
NHK版レビュー 1:14:40
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めっちゃ反論くらいそうなのですが、原作で表現されてるイメージでだと、個人的には現時点では椿秌子は安達祐実さん、美禰子は髙石あかりさんがピッタリだと思うのです。
秌子は市松人形のように可愛くて大きな娘がいるとは思えない若々しさ、美禰子は目が大きくおでこが目立ち当初はく暗い陰があったがラストは明るく美しい。
そして安達祐実さんは42歳で髙石あかりさんは22歳、お二人共に原作の年齢よりそれぞれそろって2歳くらい歳上で年齢バランスもピッタリ。
さらにお二人共に演技的には心配がない。
懸念は、それでもとてもお2人が親子には見えないってとこでしょうか?wでも実際親子でも年齢的にはおかしくないのですけどね。
いかがでしょう?
あやふやなんですが、私が初めて見た「悪魔が来たりて笛を吹く」は石黒賢が犯人でその時の金田一耕助も古谷一行だったように思います。
板宿(いたやど)をイタジュクっていうのは、わざとなんですかね?
稲垣版では、他の作品では省略されがちな、三島と飯尾の関係を時間をかけて説明していました。
西田版では、密室殺人を行わなければならなかった犯人の心理を丁寧に説明していました。
シナリオを忠実に再現した影丸版の劇画を読むと結構面白いと思うのに、どうしてあんなになってしまったのでしょうか。
ご興味があれば、映画版と劇画版を比較して語っていただきたいです。
稲垣版金田一は、再放送もあまりされず、見る機会にめぐまれませんが、中国製で、DVDBOXで発売されています。
Amazonでは、現在、品切れですが、私は、2023年2月に5枚セットの9500円で購入しました。
それ以前も、品切れの時期はあったのですが、忘れた頃にひそかに入荷しているようです。
Amazonでも扱っているので、非合法な商品ではないと思います。
あとは、ヤフオクやメルカリで探すと見つかるかもしれません。
美禰子の初出シーンを読むとあの表紙の顔に似てると思う
そして美禰子は父親似だという
あの表紙を描いた人はちゃんと内容もわかって描いてるんだなと思った
26:49 些か貴族味が足りないとはいえ、好色さと不遜な物腰に狡賢い下衆さがあって流石に藝達者だと痛感しました。江原真二郎&仲谷昇2人共椿英輔には適役でしたが、新宮利彦でもはまっていたかも?
58:49 古谷77年版が突出しているのは森次晃嗣・原泉・吉田義夫・岩崎加根子・三崎千恵子・児島美ゆき・東郷晴子・中山麻理と(下手をすると削られがちな)各登場人物に見せ場を作り、配役に手を抜いていない事が一番の長所だと確信してます。
やっぱり市川崑監督に「悪魔が来たりて笛を吹く」を撮って欲しかったですね
もし市川崑監督ならどんなキャストになったのか?妄想すると面白いです
もちろん金田一は石坂浩二
等々力警部は加藤武
後 金田一常連組俳優
草笛光子 大滝秀治 三木のり平 小林昭二
辻萬長 三谷昇 坂口良子 白石加代子 沼田和子などは出したいところです
ちなみにちょっと考えたのは
椿美穪子 岡田奈々 山口百恵
椿英輔 仲代達矢 神山繁
椿秌子 小川真由美 高田美和
三島東太郎 あおい輝彦 三浦友和
です
この作品、よくわからないのが、風神、雷神スタンプ。
あんなの、その辺の木っ端で作った方がよくね?
そしたら処分も楽🤔
私は、原作を読んだ時
最後のオチである
椿子爵が作曲した
「悪魔が来たりて笛を吹く」
という曲をフルートで演奏すれば、誰が悪魔なのかがわかったのに・・・
というのも印象的でした。テレビで初めて観たのは、沖雅也版で彼が最後フルートを吹いていたのを、古谷金田一が見ていて頭を掻きむしっていたのを覚えています。
東映版の宮内版では省略されていました。
NHKのは観てませんが、
やはり今のご時世
ああいうのは、もう観れないんでしょうか❔️
西田金田一版「悪魔が来たりて笛を吹く」主演西田敏行さんの金田一を夏八木勲さんの等々力警部が助演する立場でしたが
同じ東映と角川が組んで制作した
高木彬光原作「白昼の死角」では
主演夏八木勲を西田敏行が助演すると言う立場が逆転しましたね?笑
西田敏行さんと夏八木勲さんとは
俳優仲間として交流されてたのでしょうね?
ちなみに土曜日夜10時放送毎日放送制作の高木彬光シリーズ「白昼の死角」も毎週欠かさず観ていました。
横溝正史シリーズ、森村誠一シリーズと共に角川ブームの時代でしたね
「悪魔が来たりて笛を吹く」は他の横溝作品で和風地方モノとは違って
東京を舞台に旧没落階級だった華族を取り上げたので洋風の趣きが濃厚な作品ですね。
ゲーテのウィルヘルム・マイステルの修行時代と言うドイツ文学を題材にしたりする所も渋い。
でも所々で風神雷神と言った和風も取り入れているのが憎いですね?笑
金田一耕助が出川刑事と共に椿子爵のアリバイ再調査で神戸須磨明石や淡路島に出張する場面シーンが好きでした。笑
不評が多い東映版ですが、東太郎(治雄)とお種(小夜子)が美禰子に母の本性を見せないように
さり気無く気遣っている場面、あき子の最期のシーンなどは原作よりも好きですね。
古谷金田一版「悪魔が来たりて笛を吹く」真犯人三島東太郎役の沖雅也さんも日活出身の俳優さんでしたが
主役級作品には恵まれず準主役だけの出演機会が多かったですね。
沖雅也さんが初めて本格的主役作品に主演したのは松竹に移籍してからでしたね。
「悪魔が来たりて笛を吹く」では
同じく日活出身の長門裕之さんも出演したから後輩にあたる沖雅也さんと共演した事になりますね。笑
どの映画、テレビ版でも金田一が帽子を花瓶にのせる場面が、なんとなく見えにくいです。稲垣版に至ってはその場面がなくおまけに花瓶が大きすぎて帽子で口を塞げないのか最後まで省略されています。確かに雷神像を中に置けるような花瓶は相当大きくないとむりでしょうね。
ほかの横溝正史関連解説はこちら❗️💁♀️
⬇️
https://x.gd/YLxY7
横溝正史原作の金田一耕助と由利先生ものと松本清張原作特に『砂の器』『張込み』『ゼロの焦点』『疑惑』を劇場アニメーション映画化にした方が良い気がします。
自分は古谷版〜西田版〜古谷2時間版〜片岡版〜稲垣版。
ラジオドラマ版も聴いてました。
シナリオは映画館のロビーで売ってました。
買ってます。
こちらの動画を観ているうちに西田版をまた観たくなったんですが、冒頭のタイトルが出てくるまでがなんともエロいのに、血の洪水と悲鳴が怖すぎる😰あのシークエンスはどう解釈したらいいですかね?あと、お種さん(小夜子)役の二木てるみさんがかわいそうすぎて観たあとやりきれなくなるので、初めて小説を読み始めました😊
なるほど〜原作を読み終えましたが、確かに玉蟲、新宮、あき子の造形が足りないですね。
同じように皇族も滅びるのですね。太平洋戦争を憎むというテーマもずっと続いていく・・・
このところ、「稲垣版金田一」を見ていて、この「悪魔が来りて笛を吹く」も「古谷一行の連続ドラマ版」に匹敵の
名作だと判明しました。何よりも「原作のミステリーのキモ」を実は一番上手く映像化しているのは「稲垣版」かもしれない
なと高評価です。以下にその理由を記します。「貴族の没落」と「実は最初から鬼畜道に堕ちて居る」という重いテーマ
と、「帝銀事件の真犯人」を椿子爵の替え玉に使う(そして殺人もさせる)=悪魔の腐敗貴族への復讐という第2テーマ
を、「細かいつど都度の細かいトリック」をまぶしてゆく。
「悪魔ここに誕生す」の場面に一番のインパクトを与え、ストーリー的に「無駄な殺人」はあえて省いた。
まず目賀博士が死なないし、椿秌子も死なない。真犯人の三島東太郎こと、河村治雄が 背中の痣を見せて、正体をさらし
犯行動機を語ったのち、母親には「殺すつもりだったがやめた。あんたは生きて罪をかみしめろ」と言いい、自らは服毒死する。玉虫爺さんの密室殺人とか、風神雷神のスタンプトリックとかは、割とあっさりと解決し、それよりも、椿子爵の
苦悩と、自殺理由、とかは、かなり丁寧に描かれた。残念であったのは、新宮利彦役が 蛍雪次郎なので、子悪党感は強いのだが、秌子をはじめ、駒子らを「力ずくで犯す」悪人ぽくは見えない。それはこの方が長らく「ピンク映画の「痴漢シリーズ」に数多く出ていた人なので、「痴漢屋」には見えるが「強姦魔」に見えないのである。この点はミスキャスト。以外は美祢子の「国仲涼子」もオデコさんだし、椿秌子の秋吉久美子はそれなりである。
昭和・平成の「悪魔が来りて」は映画版も2時間ドラマ版も駄作ばかりというのが定説だったが、この「稲垣版」はかなりの
成功作である。ラストの東太郎が書いた「美祢子への遺書」もグッときました。
「君は強い娘だから、この困難も乗り越えられる。だから強く生きろ! 悪魔より」は。
横溝正史の地元である神戸に金田一が赴き、現地で割といろんなことをしっかり滞在して調査した作品なので、私も横溝正史と同じく地元民として非常におもしろく楽しめて思い入れのある作品です。なお、古谷版ドラマは神戸の地名「板宿」(いたやど)を「いたじゅく」と思いっきり東京読み(地名の“宿”を“じゅく”と読む傾向)して間違えていたのを強烈に覚えています笑
2回目の視聴です。
吉岡版は、どうしても三島東太郎が小夜子の自殺の理由と出生の秘密を知らずに連続殺人をしていたというのがちょっと、うーんです。いかがですか?記憶違いだったらすみません。
どっちかと言うと、西田版金田一の方が、むしろ、原作に近かったと、私は思います。……ただ、これを古谷金田一でやって欲しかった。
「悪魔が来りて笛を吹く」は初めて原作を読んだ時、秌子夫人と美禰子さんが映像世界と全然異なるのを知って驚愕しました。横溝正史シリーズと映画版(1979)のイメージから秌子夫人は自分の性質に悩む弱い女性で、美禰子さんは芯の強い可憐な少女と思っていましたから。
その後の映像作品の秌子夫人も、芯が強そうで優柔不断な鶴太郎版、兄の言いなりになっているだけの古谷2時間物&稲垣版と、どれも原作と違ってただ弱いだけで英輔氏や美禰子さんに対する陰険さや自己中心的な性質は見受けられないのですよね。
それを見事にぶち破ったのは吉岡版の秌子夫人!妹から姉に改変されていますが、それによって原作に忠実なふしだらさや陰険さが際立ってました。
美禰子さんは、歴代が純情可憐な女優さんばかり。やはり、原作通りでは視聴者も感情移入し辛いでしょうね(苦笑)。映像作品は一番原作に近い横溝正史シリーズを基準にして、後のはこういう改変もあるのだなと思って別物として楽しんでいます。
等々力刑事の古谷金田一への態度が前作の三つ首塔に比べて本作では軟化してるんですよね。細かい話ですが。
わたしはやっぱり、吉岡版は2時間になってからの古谷版女王蜂と並ぶお下劣アレンジだとしか思えなかったです。筒井真理子様を召喚できたのに、あの筒井真理子様なのに!!!特にジョンレノンのマザーがかけちゃうあたりのダサさ。近親相姦のおぞましさに至る推理パートの理屈的な脆さ。これはやっぱり東太郎の話だとは思うし秌子もある意味搾取され続けてきた被害者なのである、という視点は唯一のわずかな救いなので、そこを変えてしまうのは納得はできなかったです。流行ってるからってイヤミスにしとけばいいか、って感じをBSからは常に受けます。気分直しに古谷版を再見しましたが、沖雅哉って本当に器用で美しい俳優さんだなあとしみじみ。草笛さんの秌子は頑張ってたけどやっぱり会ってない。ピュアすぎて相手に自らを諾々と与えちゃうゆる〜い感じ、草笛さんより年下にはなりますが、長山藍子ならやれそうだなあ、と思いました。
お話を聞いていて西田敏行さん、二木てるみさんの話題の時「がんばれタブチくん!!」を思い出しました。「ミヨコさんそこの座りなさい・・・もう座ってます」の会話が最高です。映画はおっしゃる通りミスキャストと思います。先ほどサブスクで見直しましたが、面白いとは思えませんでした。