2026年8月6日、東宝芸能が女優の寿美花代さんの訃報を発表しました。94歳でした。
1948年に宝塚歌劇団へ入団し、星組の男役トップスターとして人気を集め、1963年に退団。同じ年に俳優の高島忠夫さんと結婚し、1971年からは夫婦で日本テレビの料理番組「ごちそうさま」の司会を26年にわたって務めました。
1998年に高島忠夫さんがうつ病を発症してからは、周囲に施設への入居を勧められても「私が自分で面倒を見たいの」と譲らず、20年を超える介護を続けています。2019年に夫を見送ったあとも思い出の詰まった自宅を離れず、息子たちがすすめる同居も断り続けていました。
そしてここ数年は誤嚥性肺炎で入退院を繰り返し、2026年8月3日午前4時43分、子どもと孫に囲まれて静かに旅立ちました。
訃報を受けて息子の髙嶋政宏さんと髙嶋政伸さんが発表したコメントには、病室で起きていたある出来事が記されていました。その中身は固定コメントで紹介しています。
※本動画は各種報道をもとに構成しています。
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最後までご覧いただきありがとうございます。政宏さん・政伸さんが発表したコメントの中身をここでご紹介します。
髙嶋政宏さんはこう綴っていました。
「母 髙嶋節子が亡くなりました。最期には立ち会えませんでしたが、ここ数年は誤嚥性肺炎で入退院を繰り返し、数日前、会いに行った時も嚥下がほぼ出来ない状況で苦しがるのと、その痰が何かのタイミングで流れると安らかに眠りにつくの繰り返しだったので、もちろん悲しいんですけど、今は楽になって、ゆっくり休んでいるんだろうなと言う安堵の気持ちでいっぱいです」
そして、動画で伏せていた「病室で起きていたこと」がこの一文です。
「入院中、ときおり病院の方たちがびっくりするほどの声量で喋ってたようでやっぱり鍛え方が違うと話題になってたほどでした。最期の最期まで大女優 寿美花代だった母でした」
ものを飲み込むこともできない状態にありながら、宝塚で鍛えた声だけは病院中に響いていたそうです。
弟の髙嶋政伸さんのコメントはこちらです。
「母、寿美花代(本名 髙嶋節子)が8月3日の朝4時43分に永眠いたしました。父と共に大好きだったフリオの歌声のなか、母は子供と孫に囲まれながら、最期まで美しく凛とした表情のまま、眠るように旅立ちました。いつもユーモアを忘れない明るく優しい母でした。これまで、応援してくださった皆様に心より御礼申し上げます」
ご葬儀は8月6日午前、都内の斎場で家族葬として執り行われました。
みなさんは寿美花代さんのどんな姿が心に残っていますか?コメントで教えてください!
気取らない、自然体の美しい人という 印象を受けました。安らかにお眠り下さい。
ご冥福をお祈りいたします、天国、大好きな、ご主人と、歌を、歌っていられると思います、